「俺はいいけどYAZAWAがなんて言うかな?」
- 番長プロデューサーの世直しコラムVol.96
- 番長プロデューサーの世直しコラム 櫻木光
「俺はいいけどYAZAWAがなんて言うかな?」 という名言があります。 諸説ありますが、 エーちゃんが、コンサートで地方を回っているとき、スタッフの手違いで、エーちゃんが宿泊するホテルの部屋がしょぼい部屋しか用意できなかった。スタッフがそれをおそるおそる伝えたときにエーちゃんが言った言葉。 とされています。
どういう意味なんでしょうか?
僕が以前所属していたCM制作会社の社長が、僕を制作からプロデューサーに昇格させるときに、社長室に僕を呼んで言った一言があります。
「櫻木よー、お前、プロデューサーになるときには性格を変えろ」
僕は意味が分かりませんでした。 「僕の性格ではプロデューサーは無理ってことですか?」 とっさに聞き返していました。
社長はこう続けました。
「違うよ。どっちかっていうとその辺のやつよりお前はP向きだ。 だけどCMプロデューサーって職業は普通の人間が素のままでできる仕事じゃ無いのよ。
お前に発注してくれるお客さんは、お前に渡したありったけの金を使って 歴史に残るようないい作品を作ってくれと毎回願うだろ?
逆にお前の所属する会社は、その一本の仕事でさえも、できるだけ利益を出してもうけて欲しいと思う訳よ。 それでいて賞の発表の時期になると受賞が少ないとか言う。
都内にマンション一個買えるくらいの金を預かって、それをどうさばこうか、 お前の考え方一つで変わってくる。30になったばっかりの人間にこれは酷だで。 資格とか法律とかに守られてる訳じゃねえし。口約束でやってる仕事でもある。 いろんな奴の思惑といろんな矛盾する要求がお前にどんどん覆い被さってくるんだ。 これから。
俺は、1円でも儲かるんだったらその仕事は受けろとプロデューサーに言っている。 と、いうことはだ、どんな仕事でも断らねえで最悪1円の利益を残せ。ってことだ。 客がどんな要求をしようと利益を出す出さないはお前の裁量にかかっているからだ。 企画がどうとか、監督がどうとか、天気がどうだとか、利益がでなかったらいろんな言い訳してる馬鹿がいるだろ。 そんなもん全部プロデューサーの責任なんだよ。 仕切れたか、仕切れなかったか、それだけだ。
土下座しようが、脅そうが、自分が集めたスタッフに自分の言う事を聞かせることができる野郎がプロデューサーなんだよ。 それが客のためになってるかどうか、客はそれをよく見ている。 伝われば次の仕事がくるし、できなきゃ次は無いよ。ありゃだめだってことになる。
どんなにサービスして赤字出してやったとしても、そういう仕事こそだめに見える。 こっちが金払ってCMつくってやったとしても、そんなの情けなく見えるんだよ。 お客さんからすると後ろめたいし、ありがたくも何ともねえ。 嫌な借りを作っちゃうだけからな。
スタッフっていうのも、満額金払ってくれる奴の事は不思議と覚えてないもんだ。 いろんな事を言って値切ってきて、いろんな交換条件を出してきて 義理と人情を持っていて、それもそうだよなあ、しょうがねえなあ値引きしてやるか って思わせられるようなことを言ってくるプロデューサーや制作部を覚えてくれるもんだ。 なんでかって?そういう奴は必ず偉くなるからだよ。 こいつに良くしてやっとけば、偉くなってもっといい仕事くれるんじゃないか? そう思うからだよ。
お客さんに営業するにもそうだ。「僕は人見知りですから」「あの人、苦手だから」 ってチャンスがあっても営業しない奴がいる。 大の大人が、金稼いでこねえと首になるってときに「人見知り」とか「苦手」とか言 うんだぜ。そりゃあお前「労力の出し惜しみだ。ばか」ってしかる事にしている。 友達の居ねえガキが家で母ちゃんに言い訳してんじゃねえんだからな。 自分の労力全部出してそれでも足りねえからなんか考えるのが仕事だ。 苦手だろうが、シャイだろうが、最優先事項は仕事をもらってくるって考えると 自分でできないと思っていた事を無理してでもやって結果出すのは当たり前じゃねえか。 苦手な人間にもぶちあたって行くと、意外に苦手じゃなかったりするもんだ。
そういう意味で、性格を変えろって言ってんだ。 自分のできる事だけやって満足してる奴はアホだ。これからはできないことをやれ。 素でできないんだったら違う人格のお前をもう一人作れ。そいつに仕事させるんだよ。 お前みたいに脅してばっかりのやつも面白いけど、 もう一人のお前に土下座させられるようにならないとみんなに嫌われて終わっちまうぞ。
お客さんの言う事を全部聞いて、出来上がった物に満足してもらって、 ついでにいっぱい利益出して笑いながら、金が余ったんで返します。ってくらいのことできねえと 他の奴とは違いが出ねえだろ。 お客さんの勝負所に強くならねえとお前じゃなくても誰でもよくなっちゃうんだよ。」
僕は、この、ニッテンアルティの社長だった河内さんの話に常に支えられるのです。 明確なプロデューサー論だったからです。 窮地に追い込まれると、何が一番大事で、守るものは何で、捨てるものは何か? 何をしたら人が怒り、何をしたら人が喜ぶのか?どういう順番で話せばいいのか? 人が振り上げた拳のおろしどころを用意する。2回くらい土下座した事もあるな。 作り上げたキャラクター、櫻木2号は、泣き出しそうな本人とは違い、冷静でふてぶてしく、論理的でなければならない。 会社を変わった事と、時代の空気で新しく作った櫻木3号は温和すぎて、1号がストレスをいっぱいためて苦しんでいるが、出来なかった事をするという観点では修行の一種ダとも思うのです。
これでいいんすかねえ河内さん?といつも思う。
エーちゃんはいいました。 「矢沢永吉というのは一つのキャラクターなんですよ。一人歩きしている。 ああでなきゃいけねえこうでなきゃいけねえといろんな人たちが思い込んでくれて、応援してくれる。 その期待を裏切っちゃいけないし、いい意味で裏切り続けなきゃいけない。 そうしないと飽きられちゃうから。 コンサートは、見にきてくれた人に、え?もう終わり?って思わせなきゃいけない。 まだやってんの?って、これ最悪ですよ。 そうならないように演じているキャラクターYAZAWAをじっと見ているプロデューサーの矢沢がいる訳です。」
これが「俺はいいけどYAZAWAがなんて言うかな?」の真実だと思います。 安い言葉でいうと「セルフプロデュース」ってことでしょうか。
「ありのままの~♪ 姿見せるのよ」「ありの~ままの~自分になるの~♪」 申し訳ないけどありのままでは仕事はできないという事ですね。 「私こういうキャラなんで」って平気で言う奴が居るけど お前のキャラなんか知るか。 仕事ちゃんとやってくれりゃあ何キャラでもいいんだよ。 外国の軍隊に参加して、命からがら生き延びたような特別な環境におかれて鍛えられたような人以外は、ありのままの自分なんて、なんも無いもんね。最初は。
自分で作り出したもう一人の自分と、素の自分と対話しながら、悩んで考えて、できなかった事ができるようになっていく。 そうやって実は、自己って確立されていく物じゃないんでしょうか。
Profile of 櫻木光 (CMプロデューサー)
プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが、矢面に立つのは当たり前と仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。