人間万事塞翁が馬(プランド・ハプンスタンス理論)

番長プロデューサーの世直しコラムVol.70
番長プロデューサーの世直しコラム 櫻木光

年齢が40歳を超えた頃からか、少しずつ自分の中に芽生え始める疑問みたいな物があります。 「(仕事的に)俺は本当にこれでよかったのか?」ということです。

22歳で会社に入り、こりゃあ面白いと思って一生懸命やり、やっている仕事がうまくいったりすると、俄然やる気をだし、体力に物を言わせて、寝る間も惜しんで仕事をしてきました。どんどん仲間も増えて行き、何の疑いも不安も無かったように思います。

何やっても文句を言われる新人の頃から、はやく周りに認められたいと焦り、どん欲にいろんな事を吸収し、仕事について、何をどうするべきか猛勉強しました。 大学受験のときにあれくらいどん欲になれたら東京大学に入れているんじゃないかと思ったりしましたが、そんな訳はありません。まあいいや。とにかくそれくらい本気になって仕事をしていた覚えがあります。

おもしろがってやった「テレビコマーシャルの制作」という仕事は、ムービーを作る技術こそ専門的ですが、作る題材については毎回違うものです。つまり、今は缶コーヒーの事を考えているが、3時間後の打合せでは女性用の生理用品のための資料を出さなきゃ行けない。その後、夜から朝までは新型の自動車の海外のロケ地の選定をする。みたいな生活です。だから幸いな事に、知りたい事も知りたくない事もいろんな事を詳しく知るようになりました。

いい仕事だなあ。と思ったのです。

そうやっているうちにこんな僕にも信用ができ、部下もでき、お仕事を任せてくれるありがたいお客さんも増え、自分が思い描いていたより少し順調な立場にたって仕事をするようになって行きました。 おっ、俺、結構イケテルじゃん。いい感じ。売り上げもいっぱいあるし、会社の中でもチヤホヤされてるぞ。よーし。という感じ。軽く勘違いもしたりしながら。

必死で傷だらけの10年がすぎ、イケイケの10年がすぎた頃にふと考えちゃうのです。それが冒頭に書いた「俺は本当にこれでよかったのか?」です。 20年やったら、あと20年だなあ。なんかあっという間の20年だったからこれからも、もっとあっという間なんだろうなあ。とすると人生なんかあっという間なんだなあ。と思ったのが大きいでしょう。

そうなってくると、本当はロックスターになりたかったなあとか、小説書きたかったなあ。とか、実はアメリカ人になりたかったなあとか、端から見るとくだらない事でも真剣に考えてしまう物です。 実はこの事でもう3年くらい悩んでいました。

そんな悩みの中で偶然に出会った記事があります。 ▼「自分探し」で迷子になったオトナへの処方箋 All About 普段、ネットの記事を読んでもそのまま真に受ける事なんかめったにないのに、これはフッと入ってきました。

一つの選択をしても、「これじゃない」「もっと違う何かがあるはず」と探し始め、さまよい続けて混乱してしまうことを「青い鳥症候群」と言うそうです。つかんだ瞬間に「幸せ」をつまらない物に感じてしまうことを「幸せのパラドクス」とも言うそうです。 なんとも贅沢な話かもしれませんが、正直に言うと、それを考え始めてしまっていたのです。

この記事の中で紹介されていたのが、スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授という人が提唱した「計画的偶発性理論(プランド・ハプンスタンス・セオリー)」。これが面白い。

平たく言うと、たまたま選んだ道を歩き続けて行くと、思いもよらない偶然の出会いやきっかけが転がっていて、それをもとにもっと追求して見たい事や、自分の新しいテーマを見つけて人は進化して行く。というキャリア理論です。

実際に、俺はこうやってこうなってこうこうこうでこうなるんだ。という人生の計画は最初から完璧に立てられる訳は無く、とりあえずやってみようと始めた事の中に、「これは」という物が見つかって、それが「こうありたい、こう生きたい」という方向性に変わって行く。という人生の話なんでしょう。

この理論では、その何らかの方向性を得る事ができる人の条件というのが書いてある。これを持っていれば、その人はうまくいくでしょう。という5項目です。

  1. 好奇心[Curiosity] 専門分野や関心のあることにとらわれない
  2. 持続性[Persistence] 困難にぶつかってもすぐに放り出さない
  3. 柔軟性[Flexibility] 固執せず態度や状況を変えて取り組む
  4. 楽観性[Optimism] どんな出来事も、チャンスと受け止める
  5. 冒険心[Risk Taking] 結果が不確かでも、その一歩を恐れない
日本的にいうと「人間万事塞翁が馬」でしょうか。

人生の曲がり角にさしかかって、思い悩んで、いろんな事を調べてみたら出会った「プランド・ハプンスタンス理論」。 それにいろいろ自分のことを当てはめて考えてみたら、悩んでいる事がアホ臭くなってしまいました。興味を持って燃えられた仕事を一つ持っている。これから先も何が起きるか分からないけれど、これを軸に、その未知の世界を希望として受け止めればいいじゃないかと。一つあってよかったなあと思えるようになりました。幸いな事に大きな失敗も致命的な事故にも会わずに来れた。

時を同じくして、うじうじと悩んでいる僕を見た、役者の親友が、 「仕事に飽きたとか言ってんじゃねえぞ。同じ事をまた一から一生懸命やるんだよ。俳優なんか毎回それやってんだから」 と言ってくれました。その通り。ありがたい話です。肚は決まりました。

Profile of 櫻木光 (CMプロデューサー)
~株式会社リフト 第一制作部 チーフプロデューサー~

  • 1968年 佐賀県生まれ、44歳。
  • 1991年 ニッテンアルティ入社(旧 日本天然色映画株式会社)
  • 2000年にプロデューサーに昇格。
  • 2009年 社名がリフトに変更。

プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが(日本にはCMプロデューサーと名乗る人が2000人もいるそうです)、自分のケツを自分で拭こうとしているプロデューサーは何人いるでしょうか?矢面に立つのは当たり前だとつっぱって仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。根性論を書いているかと思ったら、意外に現実論者でもあります。

<主なプロデュース作品>

  • AGF ブレンディボトルコーヒー(原田知世さんと子供)
  • 日清食品 焼きそばU.F.O
  • マルコメ 料亭の味
  • リーブ21 企業CM
  • コーセーサロンスタイル 『髪からはじまる物語」行定勲監督Webムービー
  • クレイジーケンバンドPV
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