「演じることが好き」だけでは声優は続けられない。では、長く活躍するにはどうしたらいいのか。
- Vol.158
- 声優、ナレーター 福圓 美里 氏
※1 アニメーションや外画において、自身が直接演じないキャラクターの口の動きに合わせて、日本語の台詞を当てて録音することを言う。「アフレコ」から派生した言葉であり、映像に台詞を割り当てる事から「アテレコ」と呼ばれる様になったとされる。
※2 日本外で制作された映像作品のこと。
「このお仕事の裏側を見てみたい」
声優には幅広いお仕事があると思いますが、福圓さんは当初、どんな声優を目指していたのでしょうか?
私がデビューしたころは、取材を受けたり、映像媒体やイベントに出演したり、CDを出したり写真集を出したり…というような、声優が色々な活動をするようになり始めた初期の頃でした。最近では、そういった様々な活動も含めて声優を目指す方が多いようですが、私は「演じたい」という目的だけでした。
アニメや外画などの媒体に関わらず、「お芝居がやりたい!」という気持ちだったんですね。
子どものころから演じることは好きだったのですが引っ込み思案で、自分から「子役がやりたい」「ステージや映画に出たい」と前に出るタイプではありませんでした。学校行事や部活などで、好きだから参加して楽しいっていうだけで満足していました。アマチュアでいいからずっと続けていきたいなって思ってました。
そんな引っ込み思案な子が、なぜ声優になったのでしょうか?
「アニメーションに声を当てる人がいる」という発想は、たぶん多くの方が子どものころはなかったのではないでしょうか。私は「声優」というお芝居のジャンルを知ったときに、純粋に興味が湧きました。「このお仕事の裏側を見てみたい」と思うようになったんです。それで15歳のときに、声優の一般公募オーディションを受けました。オーディションの合格者はその作品だけに出演できるというものでしたが、それからちょこちょことお仕事をいただくようになり。
18歳で初めてアニメのアテレコをしたのですが、これが全然出来なくて……。声優という仕事の奥深さを感じました。そのころは「将来、この仕事で食べていく」という考えよりも、「もうちょっとこの仕事をやってみたい」と思っていましたね。
はじめてのアニメ収録で知った声優の奥深さ、難しさ。
はじめてアニメの収録に参加したとき、出来なかったこととはなんでしょうか?
私は「声優は演じるのが仕事」と思っていたのですが、アフレコひとつとっても、やることが多いというか……。まず当たり前ですが絵に合わせなくてはいけない。そしてタイミングを見ないといけない。スタジオ内では、マイクが3~4本立っていて、誰がどこに入るか瞬時に考えながら入れ替わらないといけない。また、声だけで表現すると言うことは普通のお芝居と違って、声に乗せる情報量や、声がどれだけ浮き立つかなども考える必要があるんです。しかも3~4時間の短い収録時間のなかで、どれだけ集中して作り上げるかという場だったのに、よく分からないまま終わってしまいました。
現場は、皆で作り上げていくものなのですね。
そうですね。舞台だと、皆の芝居を探れる稽古期間が1カ月程あります。私にとって舞台は、「仏像」を彫り出すようなイメージなんです。木を皆で彫って観音様を彫り出すように、完成形に向かって少しずつ掘り進めるんです。
声優の場合は、皆が持ってきたプロの技量を使って素早く一夜城を作り上げるイメージです。その場の即興で作るセッションもありますが、どちらかというと裏付けされた自力をその場で瞬時に察知し合いながら進めていきます。速いスピードで進むので、瞬発力がとても大事だなと思います。
アニメや外画など声を当てる対象によって、収録で考えることは変わってきますか?
全然違います。アニメはテスト収録で一度合わせみて、そのあと始まる本番までに「相手がこう演じていたからこう変えよう」というのを考えるんです。隣の役者さんとのセッションと、監督さんからの指示で瞬時に変えていく。短い時間の中で、どれだけより良いものに変えていけるかというものです。
ところがゲームでは、収録ブースにいるのは私一人。最近多いアプリゲームでは、外連味のようなものも必要。ゲームとしての気持ちよさというか。このキャラクターが出た瞬間にこんな風に声が聞こえたら気持ちいい、ここで音が上がったら気持ちいいというのを重要視しています。
さらに、長いノベルゲームのような4,000以上も台詞があるゲームの場合。例えば、『ときめきメモリアル』(KONAMI)のようにユーザーさんが主人公となるゲームの場合は、マイクの奥にユーザーさんがいることを想像しながら、そこに向かって喋ることを大事にしています。
そして外画。私が出来るだけこだわりたいと考えているのは「体勢」です。外画には、すでに海外の役者さんの芝居がありますよね。画面のなかの役者さんが仰け反っているのか。それとも、かがんでいるのか。首を傾げているのか。体勢が変われば音も変わります。そんな音の変化を意識して演じたいと考えています。
お話を伺っていると、声優という職業のクリエイティブ性は、現場でのライブ感や、キャラクターを作り上げていく作業にあるのでしょうか。ほかに福圓さんが思う、声優のクリエイティブ性があれば教えてください。
誇りを持ってお芝居に挑むことでしょうか。でも、何を誇りに思っているかは十人十色です。
私のお芝居で言うと、二次元の作品でも出来るだけ生身を声に乗せることを重要視しています。アニメとしての外連味は出しても、人間に見えるようにしたい。少しでも共感を呼べるような芝居を入れて、三次元に近づけたいと考えているんです。
でもやっぱりアニメーションには独特の華やかさや、非現実的な魅力もあるので、そちらを重要視される声優さんも多いです。人それぞれ、大事にしていることが違うんですよね。
そういったこだわりが混ざり合って、良い作品が生まれていくんでしょうか。
そうですね。本当に掘りがいのある仕事です。いかようにも出来るというか。
長く活躍する役者・声優であるために、舞台が必要だった
では少し声優から離れて、劇団「クロジ」を主宰するに至った経緯を教えてください。
劇団は21歳で立ち上げたんですが、そのころは長く活躍できる役者・声優でいるためにどうしたらいいかを考えていました。そこで、現場は流動的であっという間に終わってしまうから、どこか別に研鑽を積める場所が必要だと思い至ったんです。もともと舞台が大好きだったのも手伝って、一度だけかもしれないけどやってみようと劇団を立ち上げました。
立ち上げてみて、いかがでしたか?
アニメーションなどは、誰かが作ってくれた世界で絵がお芝居しているところに最後に声を入れるので、100%自分が作ったキャラクターではないんですよね。
舞台は、1から自分で生み出す世界。キャスティングや劇場選びなど、いつものお仕事とは逆の立場から物事を見ると客観視もできます。だんだんと楽しくなっていきました。
そうしていくうちに、徐々に私たちの作る世界を好んでくれるお客さまが集まってくださるようになりました。今は、その方たちに年に一度の公演を楽しんでいただくことが劇団を続ける理由です。時間とともに、どんどん目的が変わってきてしまいました。
実際に声優のお仕事で、舞台での経験が活かされたと思う場面はありましたか?
活かされたかどうかはわからないけど、私の場合は、定期的に舞台をやっていないと声の芝居が表面的になる気がします。自分の体を動かしてお芝居をした直後のほうが、よい仕事ができている気がするんです。発想力も広がって、ステレオタイプのお芝居にならず、人間味をより伝えられている気がします。
最近だと、舞台を見ていただいた方から「この役をやってくれないか」と声のお仕事を振っていただくことも結構ありますね。
声のお芝居と舞台上のお芝居、両者の違いとはなんでしょうか?
全部違います。どちらもお芝居なので最後の最後には繋がるんですが、9.5割りくらいまでまったく違うことをやるんです。体を動かす舞台と、声だけの声優の違いは大きいですね。
でも発声だけの観点で言ったら、鼻から抜いて頭頂から出す、マイクに載りやすい声というのがあります。鼻腔を響かせないで唇を響かせて喋ると、どんなに熱量を持って喋ってもマイクには載らないんです。
対して舞台では、鼻腔から響かせたほうが喉も痛めないのですが、相手にあまり影響が与えられない声になってしまうんです。難しいところで勿論鼻腔も使うんですけど、相手に強く影響を与えたいときは、口を響かせて喋ったほうが相手役は演じやすいと思います。
舞台がキッカケのお仕事とは、例えばどんな役でしょうか?
「僕のヒーローアカデミア」のトガヒミコ役では、音響監督さんから収録時に「声のお仕事をしている福圓さんではなくて、舞台で演じているときの枠を外れた感じが欲しい」という話をいただきました。
オーディションでは、出来るだけ合わせないことが大事。
一般的に声優のお仕事を得るには、オーディションなのでしょうか?
はい、オーディションが多いです。でもみんな言うことですがほとんど落ちるんですよ。
会社が社運をかけて作る作品中の1つのキャラクターに対して、多くの人がオーディションを受ける。ほかのキャラクターとのバランスもありますし、監督さんが求めていることもある。簡単に受かるものではないんです。オーディションは「引っかかったらラッキー」くらいに捉えている声優さんのほうが多いと思います。
オーディションのときに、気をつけることはありますか?
模索していますけど、「出来るだけ合わせないこと」でしょうか。
「このキャラクターでこういう台詞なら、こう読みたくなるよね」っていうテンプレートがあるんですよ。私はそういったテンプレートを真っ直ぐ演じて魅力的になるタイプの役者ではないので、出来るだけ皆がやらないであろう解釈をして、合わせないことを大事にしたほうがオーディションに受かることが多いです。
「こだわり」は、福圓美里が演じる理由になる。
そうして用意したキャラクターや演技に対して、収録現場では修正や注文があるものなのでしょうか?
最近は「テープオーディション」というものがあって、最初は事務所で収録した音声を提出するんです。そこから選ばれた人が、二次選考として実際にスタジオに行きます。テープでは好きに演じて、二次選考では「こうしてほしい」「ああしてほしい」などの指示を受けます。
でも二次選考もまだまだ人数が多いので、オーディション時間は本当に短いんですよ。ひとり5~10分くらいです。その短い時間で、「年齢感をこうして」「ここの幅を出して」などの修正をいただいて、「つまり、リアルな表現が欲しいのかな」「誇張したアニメ的な表現が欲しいのかな」と解釈しながら修正していくんです。
瞬発力と理解力が試されているようですね。
そうなんですよね。でも、かといって指示をそのままこなすだけだと、お客様の心に残らないテクニックだけの芝居になってしまう。
私は根が小心者なので、若いころはできるだけ早くOKを出して迷惑をかけないことばかりを考えていました。この歳になって、短い時間の中でも拘りや想いは必要と思っています。自分がこの役でやりたいことをハッキリ出したほうが、良い結果になると考えるようになりました。
こだわりって大事なんですね。
大事ですね。こだわりがなかったら、機械でよくなってしまいますから。
それに、よく「何々という作品の何話のこのシーンが好きです」と言っていただけるシーンは、自分の主義主張をちゃんと持って臨んだシーンばかりなんです。
その場ですぐOKが出るように、言われた通りキレイに演じたものはお客様の心に残らないかもしれない。でも現場で早く作品を仕上げることもお仕事のうちです。だから、その塩梅を見て、これからもやっていきたいと思います。
よく言われることだと思うのですが、やっぱり声優さんって「職人芸」なんだとインタビューを通して感じました。
そうかもしれないです。針の穴に糸を通しているような感覚になることもあります。
例えば、気持ちで演じるだけだと情報が足りないことがあるんです。生身でやっていれば、ちょっとした筋肉の動きで分かることが、声だけだと分からなくなってしまう。少しだけ息を混ぜたり、音を上にあげたりするだけで、ニュアンスが変わるんです。
そんな風に細かく演じる場合もあれば、隣の役者さんとセッションして、思い切り感情に任せた演技が良い場合もある。
その都度、現場が変われば正解も変わっていく仕事ですね。
マルチ力の時代にも、原点にある「芝居」は求められている。
ずばり、声優に求められることってなんだと思いますか?
これも難しい質問です。いろんな人がいますからね。
でも今、やっぱり「マルチ力」は求められていると思います。おそらく私が今デビューしても、もう通用しないと思うんですよ。「歌えません」「踊れません」って言った段階で、たぶんもうダメ。歌えて、踊れて、喋れて、かわいくて当たり前な時代になってきたなと思います。
それでも、声優という仕事を20代だけではなくて、30代、40代、50代とずっと長く続けていくのであれば別のことを考えないといけない。原点に戻ったような言い方で少し恥ずかしいけれど、声優は「魂のないものに最後に魂を入れる」仕事です。いや、絵は動いているので魂がないわけではないのですが、でも最後に、より人間味を持たせてあげる仕事だと私は思っているので……。そこかな。どれだけキャラクターに人間味を持たせてあげられるかだと思います。
今後新しく挑戦してみたい声のお仕事はありますか?
熱量がある現場というか、皆がその作品を好きで集まっていたり、お芝居が好きで集まっていたりする現場に関わっていきたいですね。
でも何より一番に思うのは、アニメーションには10代の若いキャラクターが多いので、声優さんも必然的に本当に若い方たちが務めたほうが良いこともあるんですよね。それでも、私も出来るだけ長く、一本でも多く仕事をしていきたいので……。だから今は何をやりたいっていうよりも、出来るだけこの時間を長く生きたい。ずーっとこの仕事を続けていきたいということに、目が向き始めています。浮き沈みがある仕事ですし、フレッシュさを失ったときに何でカバーするのかだとか、いろいろ考えていかなきゃいけない課題は多いんですけどね。
これは先輩たち皆が言っていたことなんです。「売れるより、続けていくことが一番大変だよ」って。今は私もそう思います。続けたいですね、ずーっと。そうやって長く続けていくなかで、ふっと奇跡みたいに出合う役があって、「あ、私、この役と出合う運命だったな」と思うくらい精一杯向き合える役と今後も出会っていけたらいいなと思います。
「好き」の大きさと熱量で繋がっている
最後に、読者であるクリエイターの皆さんに伝えたいことはありますか?
それぞれのお仕事によって大事にしていることも、やることもバラバラですが、最後の最後で一個繋がっているものが「クリエイター」と呼ばれる人たちにはあるように感じています。
原点に帰るようだけど、「好き」という気持ちは本当にすごいですよね。仕事に対しての愛情が自分より勝っている人には、勝てないなといつも思います。クリエイターという仕事は、頼まれてやっている仕事ではなくて、自分が「やりたい」と思って始めたことだと思うんです。その「好き」の大きさと熱量で、クリエイターたちは繋がっているのではないでしょうか。
だから他業種でもクリエイターのみなさんの活躍を見ると、嬉しく思ったり、刺激をいただいたり、勉強させていただいたりします。皆さんも、これからも好きなことに邁進してください。「好き」がものすごくいっぱいあるなら、それは誰かを幸せに出来る素敵な才能だと思います。皆さんのご活躍が、私の明日の力になっています。一緒に頑張りましょう!
取材日:2018年9月26日 ライター:渡辺りえ 撮影:橋本直貴 ヘアメイク:miyu(M−rep by MONDO-artist)
福圓美里 (ふくえんみさと)
声優、ナレーター。シグマ・セブン所属。アニメ「ジョジョの奇妙な冒険スターダストクルセイダース」のイギー役、「美少女戦士セーラームーンCrystal」のちびうさ役、「スマイルプリキュア!」の星空みゆき、キュアハッピー役など人気キャラクターを演じている。ほか、ゲーム「テイルズオブゼスティリア」のエドナ役、「グランブルーファンタジー」のカルメリーナ役などで活躍。