「俳優の教科書」を作る!〜脚本を読み解く力をつけるために【後編】
前回、某俳優養成所の社長M氏と、
俳優にとって「教科書」となるような本を制作中であることを書いた。
脚本家や監督らが身骨を砕いて作り上げる脚本は「作品の設計図」であり、
現場での共通用語集である。
しかしM氏によると、普段、若手俳優の育成をする中で、
そんな大切すぎる脚本を丁寧に読み込んで、一つ一つのセリフの意図を想像し、
全体から各シーンの文脈を把握しながら作品の核心をつかんで、
それをきちんと表現できる俳優志望者は、本当に少ないという。
実はこれはすでに何年もM氏に会うたびに(愚痴のように)聞いてきた話でもある。
特に最近、子役を始め、オーディションでは簡単に落とされてしまう「いい子」が増えているそうだ。
M氏の定義では「いい子=素直な子」。
つまり極端に言えば、脚本に描かれた人物について、
怒鳴り散らす人=怒っている、泣きわめく人=悲しいという表層的な役の捉え方をする子だ。
「いい子」は、人を疑わず、書かれたセリフを疑わず、脚本に描かれた行動を疑わない。
一体、その人物が怒鳴り散らし、泣きわめくような背景には、何があるのか?
その人が育った家庭環境は? 現在の仕事は?収入は?
これまでの恋愛遍歴は? 一人でいるとき何をしている? 普段何を楽しみに生きている?
こんな風に人物を立体的にとらえることが、「いい子」は自発的になかなかできない。
ではM氏の俳優養成所では、俳優志望者にどのように脚本を読む訓練をさせ、
役を理解させているのか?
年に数回行われている俳優のための訓練合宿の話を聞いた。
合宿では、体(発声や体幹)と、頭(考え方、想像力など)を、ともに鍛えるらしい。
特に「頭」の部分については、予め合宿の前に脚本を渡しておき、
しっかり読んでくるように伝えている。
そしてただ読むだけではなく、「3行ストーリー」という宿題が出る。
これは、脚本を読み込んで、その作品を3行で端的にまとめてくる、というものだ。
「3行ストーリー」は、自分の頭で行間まで読み解いて、作品の核心を掴み、
しかもそれを的確に言語化する力が問われる。
この「3行ストーリー」を合宿で発表し合うことで、
その人がどのくらい作品や役をつかめているかがわかるという。
参加者各々が発表する「3行ストーリー」からは、本当に様々なことが見えてくる。
ただ単純に作品の物語を要約しただけの人。
主人公が誰なのか、そもそもわかっていない人。
違う方向で作品を捉えてしまい、3行にまとめたところ全く違う作品になってしまっている人。
人は、対象に対して思考を言語化してみることで、ようやく具体的に腹におちる。
逆に言えば、言語化ができない限り、何もつかめていないのと同じである。
俳優も、自分でまず言語化できなければ、その先にある表現(芝居)は絶対にできないはずなのだ。
この「3行ストーリー」が、脚本を読む一歩目だという。
もし俳優が言語化できなくても、タイムリミットのある撮影現場では、
ある程度、監督の演出や指示などで「なんとかしてしまう(それらしく見せてしまう)」という。
しかしそれではいつまでも深みのある俳優にはなれないだろう。
俳優本人の脚本への深い読解力が、やはり大切なのだ。
あるシーンが、何をしたいのか、その目的がわからない、
描かれた人物が立体的に想像できない、というのは、
やはりこれまでどのくらい小説や映画などに触れてきたか、
人間関係でもまれてきたかなどの経験が、生きてくる。
インプットの量が問われる。
「1つのシーンに対して、本当に『空っぽ』の役者が来ると、現場が困るんだよ。
深いところまで考えることができていなくて、
脚本に書かれた表面的なことしか見ていないからね」
M氏はため息をつく。
こうなってしまう原因は、脚本の独特の形式もあるだろう。
さらりと書かれた1行のセリフやト書きの中に、実に多くの複雑な感情や背景や意図が描かれているが、
そこを受け取るためには、作品の時代背景をリサーチしたり、
その人物の(脚本には描かれていなくても)これまでの人生などを想像したりする力が問われる。
つまり当たり前のことだが、作り手側目線での「全体をつかむ力」が求められている。
俳優のための訓練合宿では、映画監督による演技指導の時間もあるという。
「全体をつかめていないって、つまりこの映画を作っている人が、
『何を見せたいか』が、わかっていないんだよね」
合宿の現場では、厳しい言葉が飛ぶ。
俳優というと、何か「感覚」でつかむもので、「センス」があればいい、
と思われる人が業界外には多いようだ。
しかし、「表現力」の前に「脚本の読解力」、その手前には地道な訓練があるはずだ。
「きちんと生活をすること」や「インプット(本を読むなど)を増やすこと」が必要なのは、
俳優も、他の仕事(職種)と同じなのだ。
そこにさらに、人間ドラマを演じるのだから、人間への深い理解や強い興味も、大切だろう。
奥が深い職業だが、一生かけて突き詰める価値のある仕事だと改めて思った。
お話を伺ったM氏の俳優養成所から、力のある若い俳優が活躍していくのを楽しみにしながら、
編集者として「俳優の教科書」という書籍の制作を続けている。