アーティストからの告示? Public Notice
ロックダウンが解除されて二ヶ月後のロンドン。アートイべントは中止、またはオンラインのみと、通常に戻りつつあるとは言えないロンドンのアートシーン。オンライン鑑賞のみのギャラリーも多く、開いているギャラリーに行くにも事前予約が必要。そんな中、予約もマスクもなしでふらりと行ける展示がイーストロンドンの一角で行われていると聞いて早速行ってきました。Public Noticeと題したこの展示は実は20件以上の個人の店の窓を利用していて、店の開店時間もしくは24時間屋外から作品が見られるため、事前予約もマスク着用も気にせずリラックスしてアート鑑賞ができるというもの。
地下鉄ベスナルグリーン駅を出て北へ進むと間も無くヴィクトリア&アルバート博物館 (V&A) の分館であるV&A子供博物館が見えてきます。まずはコーヒー一杯と思っていたところ、最初の作品はそのすぐ向かいのカフェの窓に!何気ないカラフルな抽象画に見えますが、よく見るとブランコみたいなものが描かれています。作品は美術の教科書やディズニー映画でもおなじみの18世紀の絵画、フラゴナールの「ぶらんこ」を基にしたもの。その原画はというと、フリフリのピンクのレースドレスを着て大木に吊るしたブランコに薄笑いを浮かべてまたがる女性と、背後で優しくブランコ揺らすその夫、茂みに隠れ女性を下から覗き見する愛人が描かれ、かなり気味悪い作品です。一方でこちらはその気持ち悪さがとれて爽やかな作品に仕上がっている?作品は Jonathan McCree の Red Swing, 2020。
カフェでダブルエスプレッソを頂いて更に北上、ケンブリッジヒース駅を越えたところで東ヨーロッパ食品専門のスーパーの窓にアートを発見!太陽に雲?と自然の要素をデザインしたような油彩画は Connie Burlton の Untitled Works, 2020。
西へ、ハックニーロードに入ります。ハックニー農場の向かい出ると、「あれっ、こんなおしゃれな花屋ここにあった?」とびっくり。手前の植物は何だろうと一見花屋のディスプレイと間違えそうな有機的な立体は、除菌用ウェットテッシュでできた作品。石油は何億年もの時間をかけて動植物から作られますが、プラスティック製品はこの石油から作られます。ウェットテッシュもまたプラスティック製品で、その素材の歴史に反して一瞬にして捨てられ、自然分解できないゴミとなります。環境問題が後回しにされつつある現状で、作品は私たちの消費社会に警告を鳴らしています。作品は Kath Lovett の Fluid Garlands, 2020。
花といえば、次は花の市で知られる個人店の立ち並ぶ通り、コロンビアロードへ。コロナの影響でやはり、閉まっている店も多い様子。さて今度は何屋さんでしょうか?メガネ屋さんですね。写真の中央に立っている人は頭に帽子ではなくて風呂敷のような布で包んだ荷物を乗せています。よくあるイギリスの田舎道の風景が風呂敷包によってエキゾチックに見える不思議?作品は アンゴラ出身の Januario Jano の Senho1, 2017。
ハックニーロードに戻り、南西へ。カーペット屋さんに吊るしてあるのはラグマット? シルクで織られたような繊細なディテールのマットは実は紙にレーザーカットで切れ目を入れて織物のように仕上げたもの。作品は Isabel Napier の Paper Series, 2018。
西へキングスランドロードを越えてホクストンストリートのPeer Galleryへ。ギャラリーは大きなガラス張りの建物なのでそれを利用しているのかなと思いきや、展示はギャラリーの隣の壁を利用したもの。そこにもちゃんと窓がありました。壁画作品は Alice Hartley の When Cold could be Felt, 2020。
キングスランドロードに戻り、マザーグースの1篇のオレンジとレモンでおなじみのショーディッチ教会の脇の道を進んでネールサロンへ。このご時世にネールって、やってるのかなあ?と不安に思いながら行くと、案の定シャッターが降りていましたが、作品はありました!色鮮やかなラテックスでできたオブジェが井戸端会議中?作品は Andrea V Wright の Vessels 6 – 12。
南下し、ベスナルグリーンロードへ。こちらは北欧のブティックのようです。窓際には大腸や小腸のような消化管を彷彿させる焼き物がニョキニョキと顔を覗かせています。作品は Alex Simpson の From One to Another, I’ve lost that feeling, 2020。
ファッションとカレーレストラン街として知られるブリックレーンに入ります。店仕舞いでしょうか「世界の終わりセール」という張り紙が出ていたこの店は古着屋さん。巨大な桃のようなゴム風船が天井からぶら下がり、フラミンゴの足のような針金状の立体がその下でバランスをとっています。ラテックス、パラフィン、針といった医療用素材を使った有機的な立体は心気症(Hypochondriasis)を持つ作家の自らの経験から生まれたものだとか。作品はAlexandra Searle の Some Things Can’t Be helped (peach), 2020, On Tenterhooks, 2015。
ブリックレーンを更に南下します。カレーレストラン街は20世紀に入ってバングラデッシュからの移民のコミュニティによって作られたことはよく知られていますが、それ以前に東ロンドンのユダヤ人のコミュニティがそこにありました。この生地屋さんはそんなこの通りに残る最後のユダヤ人による経営のお店。麻の生地に洋服のパターンのようなものを表現した作品は、自らもユダヤ人である Sophie Nathan-King の Interchangeable Elements, 2020。
今朝は早くからどんよりと雲行きが怪しく、小雨がちらついていたのですが、いよいよ本降りに。最後の作品はギャラリーの壁だから見なきゃと南東へホワイトチャペルにあるGallery46へ。二つの連なる建物からなるギャラリーの壁からはアイロンがかけられ、手縫いされた赤い布が下がっていました。この布は実は大きく、ギャラリー内で繋がっているそうなのですが、残念ながら屋外からそのスケールを感じることはできません。この作品、Trimming Passages はかつてのロンドン最大のユダヤ人のコミュニティがあり、チャールズディケンズの物語をまさに絵に描いたような貧民窟であったこの地での、女性たちの目に見えない労働を表現しているとSophie Nathan-Kingは語っています。
駆け足で回り、全ての作品は紹介できませんでしたが、いかがでしたか。訪れた際、店によっては既に撤去されてしまっていたりと、ギャラリーでの展示のようにはいかないのが現実ですが、パンデミックという現在の状況下でオンラインだけに頼らずどうやって実際の作品を見てもらうか、作家たちは模索しています。