職種その他2015.04.08

Real Estatesって? ロンドンの住宅問題の現状 @PEER

London Art Trail Vol.34
London Art Trail 笠原みゆき

前回紹介したスタンドポイントから目と鼻の先、庶民的な市の残るホクストン•ストリートの南端にあるギャラリー、PEER 。ここで2月下旬から6週間、地元東ロンドンのアーチィストグループ、Fugitive Images (Andrea Luka Zimmerman & David Roberts) によるロンドンの住宅問題を扱った“Real Estates"というプロジェクトの展示が開催されていました。急激な都市開発、公営住宅の民営化、それによる不動産の急騰が大きな社会問題になっているロンドン。会期中は単に展示だけでなく日替わりで建築家やジャーナリスト、活動家、運動家、作家を招いてのトーク、ディスカッション、ワークショップ、関連映画の上映、更にパフォーマンスが行なわれ、かなり意欲的な取り組み。

"am i here"(2011) ©Fugitive Images

"i am here (2009 - 2014) ©Fugitive Images

取り壊しの決まったSocial Housingと呼ばれる公営住宅 Haggerston Estatesの中で最後に取り残された団地Samuel Houseが主な舞台。プロジェクトはそこに住んでいた住民と2008年から2014年の7年間に渡り密着して進められました。

取り壊しではなく修繕工事をと、10年以上運動を続けた住民の声もむなしく、2007年、役所はサムエル・ハウスの取り壊しを決めます。住民は立ち退きを迫られ次から次へと出て行く中、残るは高齢で体の不自由なお年寄りやケアを受けられない障害を抱える住人、数世代に渡り住んでいた住人、団地に思い入れのある住人。役所は住人が出て行くと即座にその家の壁や水回りを破壊、 畳み掛けるように窓を外しオレンジ色の板で塞いでいきます。 窓が次々とオレンジ色に覆われていくのを見るに見かねた、フュージティブ・イメージと住民は、そのオレンジ色の板の上にそこに住んでいた住人の肖像写真を貼付けるインスタレーション“i am here (2009 - 2014)"を開始、これは団地が完全に取り壊される2014年まで続けられます。

ハガストン・エステイツは1930年代当時スラム街であったハックニー・ボローのハガストンに建てられた公営団地で、ギャラリーから徒歩5分ほどの所にありました。現在は公私共同経営の住宅開発業者が高級マンションを建設中。

"am i here"(2011) ©Fugitive Images

"am i here"(2011) ©Fugitive Images

"am i here"(2011) ©Fugitive Images

"am i here"(2011) ©Fugitive Images
右から読んでいくと、"ビジネスマン達のやっていることは到底容認できない。
私達の都市の未来に必要ないこと。"と始まる。

壁一面に貼られたA4の書類。各々の書類は黒のマーカーで黒く塗りつぶされていたり、斜線が引かれていたり?こちらは、インスタレーション、"am i here"(2011)。

オリジナルの文書は2011年5月5日庶民院での国会議事録。議論の中心はロンドンのソーシャル・ハウジングについて。 議事録はというと、…今後開拓する現代的な公営住宅の在り方として、その60%を庶民の手の届かないものにするために法を改正し、2030年までに25万人をロンドンから強制的に立ち退かせる案の議論という何とも過激な内容。

そもそもソーシャル・ハウジングって、非営利目的で低所得者や働けない人の為の公営住宅じゃなかったの?という疑問が湧いてきます。

7人の団地の住人は、この議事録と黒のマーカーペンを渡され、残す言葉を選び、議事録の言葉の多くを塗りつぶすーブラックアウトすることで、彼らの意見や経験を国会議員の言葉そのものを用いて表現し、浮かび上がらせるということを試みています。この新たに再編された文書は、5月5日の討議に参加した20名の国会議員に匿名で送られています。

Estate: a Reverie (83mins, 2015)の一部 ©Fugitive Images

Estate: a Reverie (83mins, 2015)の一部 ©Fugitive Images

ギャラリーでその日に上演されていたのは、このプロジェクトの集大成ともいえる映画“Estate: a Reverie (83mins, 2015)"の制作背景や歴史的背景などを紹介する映像 。実はこの映画、 地元の映画会社Luxの支援を受け、単発で幾つかのロンドンの劇場で公開されていて、私も年明けに見ています。出演者は全て団地の住民。様々な国やバックグラウンドをもつ住民やその家族のドキュメンタリーでありながら、彼らの団地が18世紀の英国の作家Samuel Richardsonから名付けられていたことから住人は団地を舞台に彼の小説の中のキャラクターとしても登場し、階級社会を生きる二人の女性パメラとクラリッサを中心として物語を紡いでいきます。参加した住人の幾人かはこの映画の公開を待たずに亡くなっています。

6.talks

ギャラリーでの討論会。手前右、緑の上着の人がDavid Roberts。
後ろの壁の色あせた肖像写真は実際にサムエル・ハウスに掲げられていたもの。

ロンドンの魅力は何と言っても移民のコミュニティが多く、様々な文化が混じり合い、時には摩擦を起こしながらも新たな文化を生み出している都市であるということ。(2013年の国勢調査によると国全体の外国生まれの住民の36%にあたる280万人がロンドンに住んでおり 、東ロンドンは更にこの率が高い) 社会的に弱い立場にある移民には低所得者も多く、現政府の方針通りになれば、多くの移民がロンドンから弾き出され、コミュニティが崩壊するのは必死で、彼らと共に文化を築いてきたアーチィスト達もまた同様。住宅問題に対する運動はロンドン各地で拡がっており、アーチィスト達もまたこの問題に正面から立ち向かっています。

7.housing march

今年1月31日に行なわれたハウジング・マーチ。みぞれ混じりの雨の降る中、5千人以上のロンドナーがマーチを行なった。
写真は最終目的地のロンドン市長の事務所前で。©Miyuki Kasahara

Profile of 笠原みゆき(アーチスト)

笠原みゆき

©Jenny Matthews

2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。

ウェブサイト:www.miyukikasahara.com

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