決断
- 番長プロデューサーの世直しコラムVol.36
- 番長プロデューサーの世直しコラム 櫻木光
「試合に勝てば選手のおかげ、負ければ監督の責任」――プロサッカーの監督の割の合わなさを誰かが揶揄した言葉ですが、CMプロデューサーの仕事にもそれに近いものがあるかもしれませんね。
忙しくしています。
大きい商品の年初キャンペーンの仕事で、年末までに何本もテレビCMをつくる作業の真っ最中です。
不況で、仕事がなくて困っている人が多い中で、なんと幸せなことでしょう。
根本的にはそういう感謝の気持ちでいっぱいなのですが、やることが多くなってくると、比例して問題も増えます。
それを想像して、準備して、対処する、に追われる毎日。けっこう大変です。
「どうするんですか?」と言われる前に、危険を察知して「決断」しなければいけないことが、小さいことから大きいことまでいろいろある。実際に、そういう危機はやっぱり起きる。数千万円のお金が動くCMの仕事の中での「決断」の意味は大きく、やりがいあるしいい意味でぞくぞくもしますが、正直、苦痛に感じることもあります。
人は立場や状況や好き嫌いで意見が食い違うものです。いろんな才能を1つのチームにまとめなくてはなりませんが、天気は予想できないし、人の気持ちの予想も難しい。
予算というわかりやすい事実とスケジュールというあらがえない事実を根拠に、いろんなことを「決断」しながら前へ進む。
それがプロデューサーという仕事なのです。
で、「決断」ってすげえ言葉だなと思い調べました。またしても語源ネタです。広辞苑には、「決断」――1.きっぱりと決めること。2.善悪を判断・決裁すること。とありますが、なんかニュアンスがピンときませんね。広辞苑の、限界。
で、意地になって、いろいろと調べてみると面白いことがわかりました。
中国最古の王朝にあたる夏王朝(紀元前2070~1600)の始祖である、兎(う)王が行った治水に「決断」の語源があるんだそうです。
河川がしばしば氾濫し大災害が起きていた頃、兎王は、大洪水時に、どこの堤防を決壊させ、どこの村や人を犠牲にして、どこの村や人を守るのかを決めた。もちろん、大被害を抑えるために。つまり、「堤防を断つことを決する」が「決断」の語源なんです。
兎王は、犠牲になる村を選ばなければならなかった。
何を選び取るか? は、つまりは何を犠牲にするか? という問いかけなのだと教えてくれます。最優先事項はなんなのかを決めておけば、何を捨てて何を残すか? は必然的に決まる。そこに、精神論は入り込む余地はない。
これはもう、きわめてドライな思考法なのだと受け止めた次の瞬間、「待てよ」と沈思に至りました。――自分がこれまでに、仕事上で下した決断を振り返ってみると、「正しい決断」だったと思えるのは、いろんな選択肢の中で、一番複雑で困難な状況を選んだケースばかりだったと気づきました。そう、非常に憂鬱な決断をしたとき、その後の作業が大変だったとき、最終的に「正解だった」と思える成果を得ています。
多くの人を生かすために、少数の人の命を犠牲にすることを語源に持つこの「決断」という言葉には、「憂鬱な事実」という意味もありそうだ。
そしてもう1つ、「決断」に関して常日頃感じていることがあるのにも気づきました。「憂鬱」以前に、「難しい」のだと。「決断」を迫られている場面とは、つまりはなにか良からぬことが起こっているときです。良からぬことは、ものすごいスピードで動く、変化する。ものすごいスピードで変化する悪い事実を、ものすごい量の情報を処理しながら、未来予想をし、絶妙のタイミングでボタンを押すか押さないかの判断を繰り返す。手前味噌にもなりますが、ある意味、神業(かみわざ)です。なぜ乗り越えられたか、不思議でならない。もう一度同じ場面に直面しても同じ判断ができるだろうか? いや、無理だ。じゃああれは、奇跡だったのかもしれない。そんな、冷や汗の出る振り返りも、いくつもあります。
今の日本に、そういった意味のある、「決断」を実行する根性が本当にあるのか。僕が漠然といだいている社会への疑問は、そんなところにあるようだとも気づいてしまった(笑)。「政権交代」でけっこう浮かれている勢力もあるようですが、そんな危機的状態の国の運営を任されて能天気にニコニコしているだけの人たちだとしたら、かなりまずいと思うのです。
そんなこんなで、「決断」の連続で、憂鬱な毎日はまだまだ続きますが、やることのない憂鬱とは天と地ほどの差があるんですから。がんばろう!
Profile of 櫻木光 (CMプロデューサー)
~株式会社リフト 第一制作部 チーフプロデューサー~
- 1968年 佐賀県生まれ、44歳。
- 1991年 ニッテンアルティ入社(旧 日本天然色映画株式会社)
- 2000年にプロデューサーに昇格。
- 2009年 社名がリフトに変更。
プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが(日本にはCMプロデューサーと名乗る人が2000人もいるそうです)、自分のケツを自分で拭こうとしているプロデューサーは何人いるでしょうか?矢面に立つのは当たり前だとつっぱって仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。根性論を書いているかと思ったら、意外に現実論者でもあります。
<主なプロデュース作品>
- AGF ブレンディボトルコーヒー(原田知世さんと子供)
- 日清食品 焼きそばU.F.O
- マルコメ 料亭の味
- リーブ21 企業CM
- コーセーサロンスタイル 『髪からはじまる物語」行定勲監督Webムービー
- クレイジーケンバンドPV