「身ぐるみをはがされた象」
自粛(この自粛というコトバはなにか自分が悪いことをして怒られて頭を坊主にして停学で自宅謹慎なイメージでよくないよなぁ)が始まってからもう三か月近くになりますか。朝起きるとまず体温を測る習慣ができました。これは毎日午前9時半に体調を会社に報告するルールのためにやるのですが、この歳になって自分の基礎体温の低さを改めて知りました。今日は35度5分でした。昨日は35度2分でした。大丈夫か俺、おい、ちゃんと生きているのか!?今朝は体温を測った後に特茶を飲んでそれから約5分間メガネをかけたままメガネを探しまわりイライラしました。誰のせいでもありません。これはぜんぶ自分のせいです。
統計によりますと(何の統計かはあやふやだけど)、人は年間60時間以上を探しものに費やしているそうです。1日約10分は何かを探している計算です。確かに今朝のメガネの件もそうですが毎日何かを探しています。物はもちろん記憶や自分自身を見失い一日を終えることもよくあります。
さて、僕はこの自粛期間中に思い切った断捨離と部屋の模様替えを行いました(※この件は別コラム「クリエイティブ探検隊⑳」に書きました)。
おかげさまで室内はとても歩きやすくなり机や棚の角に足の小指をぶつけてうずくまる回数は極端に減りました。また、床に散らかったコンビニのビニール袋に足を取られて転倒することもなくなり快適です。 しかし片付けたがために返って探し物の時間は増えました。いつもなら積まれた雑誌の上にポンと置いていたフェイタス(湿布薬)やアルガード(アレルギー性鼻炎の点鼻薬)がどこにいったのかわかりません。いつもならちゃぶ台の足に巻き付けていた延長コードですが、ちゃぶ台そのものを捨てたのでこれまた不明でわかりません。まさに一長一短です。
さらにその断捨離によって新たな悩みが埋もれていた部屋の片隅のスペースと本箱の裏から出てきました。ひとつは諸々の寄せ書き(※写真①)。いずれも転職(今僕は4つ目の会社)のときにいただいたもので読み返すと切なかったり恥ずかしくなるコメントばかりですが、これはさすがに捨てられません。中にはラグビーボールやテディベアに書かれたものもあって、これから誰かに寄せ書きを送るときは嵩張るものはやめようと思いました。
そしてもう一つがコレ(※写真②)。埃まみれの象の置き物。思わず部屋の中なのにマスクをしたほどの汚れ方。見覚えはあります。 もう随分以前に家の玄関に飾っていたと思います。が、いつどこで買ったのか、それとも貰い物なのかすぐには思い出せません。ひっくり返すと足の裏に値札のシールがそのまま貼ってありました。GIFTS12ドル75セントとあります(※写真③)。つまり貰い物ではないのですね。信じられません。少なくとも多少分別がついた30歳を超えてからはこの手のものを自分で買うことはなくなりました。ということは若気の至りの20代の頃でしょう。年季の入り方からしてもその時期なのは間違いなさそう。当時、ドルを使う海外に行ったのは、そうだ!新入社員のときの慰安旅行で行ったグアムで買ったのだと思います。今から32年前、このときのグアムが僕の初めての海外旅行でした。なのでその記念に何かどうしても残したくなり、なぜ象なのかは不明ですが購入したのだと推理できました。この推理には自信があります。
で、この象をどうしましょう。捨てるべきか残すのか。象は国によっては神様ですし、木彫りのものを処分するのは気が引けます。それにしてもこのご時世に相応しくない汚れ方なので取り急ぎ布で拭いたのですが、芳しくありません。理由は一目瞭然、腰蓑の劣化がひどいのです。そこで意を決して、腰蓑をはずしました。象が「パオーン」ではなく「イヤーン」と鳴いた気がします。申し訳ない。 そしてリセッシュで除菌をして再び布で何度か磨いたらそれなりにキレイにはなりました(※写真④)。新しい腰蓑を作ろうか迷いましたが、ちょうどいい材料が届いたばかりのアベノマスクくらいしかなくそれはまずいかなと大人の判断をして下半身はそのまま再び本箱の裏に戻すことにしました。めでたしめでたし?
ところでつい最近、誰とも会わない日が続いたさびしさからか、ふわふわもこもこのしっぽクッション「クーボ」を買ってしまいました(※写真⑤)。名前もつけました。吉田太郎、通称ヨタちゃん。とてもとても癒されます。それにしても断捨離の最中に物を増やしてどうするという話はまたの機会に。