場所や時間を問わず、指先ひとつで気軽に楽しめるWebマンガ。雑誌や単行本が主な発信の場だった時代は過ぎ去り、今ではWebから人気マンガが生まれることも珍しくありません。 多数のWebマンガサイトの中で、限られた読者をどう獲得するかは、サイト運営企業にとって大きな課題。その鍵となるのが、自社サイトの独自性の確立です。今回は、Webコミックサイト「コミックPASH! neo」の編集長・山口純平(やまぐち じゅんぺい)さんにお話をうかがいました。Webマンガ編集者の仕事とは?自社サイトならではのオリジナリティの見つけ方は?その秘訣を、たっぷり語っていただきます。
「ルーティンはない」Webマンガ編集者の仕事のリアル
まずは、Webマンガ編集者の仕事内容について教えてください。
作家さんとの打ち合わせやネームチェック、マンガのアップロード作業や告知など、基本的な仕事はもちろんありますが、正直時期により仕事内容は変わるんです。極端に言うと、作家さんにマンガを描いてもらうためならなんでもやる。
いくつか具体的にあげるなら、どのような業務がありますか?
たとえば、取材の同行。「コミックPASH! neo」では飲み歩きのマンガがあり、取材のため担当編集と作家さんとで一緒に飲食店に足を運ぶなんてことをしています。必要な背景素材が足りなければ、自分で適した場所を探して撮影に行くこともあります。一日のルーティンがないんですよね。作家さんから求められることや、必要だと判断した作業を、臨機応変に進めています。
柔軟な対応が求められるんですね。現在担当されている作家さんのサポートはもちろん、新しい作家さんの発掘も重要な役割かと思います。どのように新たな才能との出会いを生み出しているのでしょうか?
新しい作品を発掘する方法として、弊社では「小説家になろう」や「カクヨム」などの小説投稿サイトを活用することが多いです。「この作品素敵だな」と思うものがあれば、作家さんに打診して小説として刊行させてもらい、さらにそれをマンガに落とし込む形が今は主流ですね。
小説のコミカライズですね。「小説家になろう」や「カクヨム」をチェックする際は、どのような視点で作品を選んでいますか?
各編集部員によって視点は様々ですが、当然ランキングに入っている作品は、漏れなくチェックするようにしていたり、ホットな作品をいち早く感知できるような仕組みも構築しています。人気作品は注目度が高い分、コミカライズに関して他社からも声がかかっていることが多いので、まさにライバルとの競争ですね。
他社との競争になった場合、どのような点が決め手になるのでしょうか?
出版にあたっての条件面はもちろん重要なポイントですが、それだけではないと思います。作家さん自身が「この媒体で書きたい」という思いを持っている場合や、声をかけた編集者と以前から信頼関係がある場合も大きな決め手になります。「最初に声をかけてもらったから」という恩義を感じていただけることも、選ばれる理由のひとつですね。
スピード感が決め手となり、作家さんとのご縁が結ばれることもあるのですね。そのほかに、新しい作家さんの発掘において取り組まれていることがあれば教えていただけますか?
出張編集部に参加して、直接作家さんと交流することもあります。「コミティア」などの即売会で、マンガやイラスト、小説などの持ち込みをじかに受けつけるイベントのことですね。SNSもこまめにチェックしています。X(旧Twitter)で「#漫画が読めるハッシュタグ」で検索したり、TikTokにアップされている小説をチェックしたり。TikTokで小説を書いている方にコンタクトを取り、出版企画が進行中のものもあります。
オリジナルマンガがXでバズるイメージはありましたが、小説がTikTokで読まれていることは知りませんでした……!
スライドショーのように文章をアップしている方が多いですね。サクッと読める短編を投稿しているアカウントもあります。TikTokだからこそ届く読者もいるでしょうし、今後も自分の知らないところで新しい作品がどんどん生まれていくんだろうなと感じています。
サイト全体の個性より、人気作品を生み出すことに注力
時代とともにマンガの流行は変化しますが、現在はどのようなジャンルが人気を集めているのでしょうか?
悪役令嬢系は、引き続き高い人気を保っていますね。男性向けの異世界モノもまだ需要はありますが、現在は少し飽和状態に近づいている印象です。これから流行するジャンルがわかれば理想的ですが、正直なところ、まだ明確には見出せていない状況ですね…。
たしかに、今後流行るジャンルを見つけるのは難しいですよね。はっきりとわからないとしても、どのように模索していけばいいのでしょうか?
マンガの流行は「世間の景気とも関係している」とも言われますよね。転生系が一大ブームになった背景には、一種の現実逃避として支持されたという分析もよく聞かれます。 マンガやエンタメに限らず、ファッションやライフスタイルなどの媒体も、景気や世間の風潮に少なからず影響を受けていると感じます。
世間に目を向けることも大切なんですね。では、Webマンガサイトが増え続ける中で、どのようにして自社サイトの独自性を高めているのか、ぜひお聞かせいただきたいです。
独自性を追求する際、現在は「自社だけでなんとかしよう」とは考えていません。「コミックPASH! neo」は2024年12月17日にサイト移行しますが、その際には他社の力を借りてUIの改善を行い、プロモーション面の強化も図っています。システムや運営面においてプロの力を借りたり、他社と協力したりすることは、効率的に運営を進める上で非常に重要だと感じています。
編集長の立場で「自社で完結せず外部の力を借りる」という選択を取ることは、非常に柔軟な考え方だと思います。すばらしいですね。
ありがとうございます。ただ、他社に完全に依存するのは危険ですよね。弊社内でも、窓口担当を立てて知識やスキルを培う取り組みを行い、内部の成長も大切にしています。
そのほか、自社サイトのオリジナリティを高めるために、なにか特別な工夫や取り組みをされていることはありますか?
最終的には、やはり「おもしろいと思ってもらえる作品を作る」ことが一番重要だと考えています。もちろん、さまざまな付加価値や仕掛けで魅力を伝えることもできますが、根本的には作品のおもしろさが鍵になることに変わりはありません。Webマンガの特徴としてあげられるのは、紙媒体と比較して「媒体そのもののファン」が少ないという点です。雑誌では「ジャンプだから読む」というように、ブランド自体が読者から愛されるケースがありますよね。しかし、Webマンガでは、読者が作品単位でファンになることが多い傾向にあります。
「このサイトだから読む」のではなく、「好きなマンガが掲載されているから、このサイトを訪れる」ということですか?
そのとおりです。そのため、弊社では「媒体としてのブランド性」を強く打ち出すよりも、幅広いジャンルの作品を扱い「多様な可能性を探る方針」を取っています。紙媒体では、ジャンルや世界観を統一してブランドの一貫性を保つことが重要視される場合が多いですよね。一方で、Webではあえてジャンルを広げ、多様性を持たせることで、思わぬヒット作品が生まれる可能性があります。
PASH UP!での連載を機に、書籍化・映像化された作品たち
なるほど、サイト全体のコンセプトをあえて厳密に固定しない方針なんですね。
はい。運営上の難しさや課題も増えるのは事実ですが、こうした多様性を受け入れることで、これまでにない新しいヒット作を育てるチャンスが広がると考えています。
編集者はカウンセラー。作家さんの幸せを考えることが重要
山口編集長の視点から、編集者に向いている性格はどのようなものだとお考えですか?
人間関係に答えがないのと同じように、編集者に向いている性格に関しても一概には言えません。作家さんにもいろいろなタイプがあり、話し上手な編集者を好む作家さんもいれば、物静かな編集者のほうが落ち着く作家さんもいるんです。
たしかに、人とのコミュニケーションにおいて絶対的な正解はないですよね。
マンガ業界において長く続く作品を作ることは重要なので、飽きずに粘り強く作品と向き合える人は、編集者に向いているかもしれません。ただ、飽きっぽい人が編集者に向いていないかというと、そうではないんです。飽き性だからこそ、新しいトレンドを次々に開拓できる能力があれば、それも編集者としての資質と言えますから。
どのような性格でも、編集者になれる可能性を秘めているということですね。
そうですね。大切なことは、作家さんと会社側、両方の幸せを考えることだと思います。編集者はカウンセラーに似ている部分があって、作家さんの求めることを考え、実践していく必要があります。人のために努力できる人は、編集者向きと言えるかもしれません。
反対に、編集者に向いていない人もいるのでしょうか?
実務的な観点から言うと、編集者は自分で作品を生み出しているわけではなく、基本的には作家さんやクリエイターのサポート役です。そのため「自分が中心だ」と思うタイプの人は、作家さんとうまくやっていけない可能性がありますね。自分が主人公ではなく、あくまでもサポート役である意識をもつことが大切。もちろん、編集者自身が独自のアイデアを出すこともありますが、それも周りとの協力によって成り立つものです。
最後に、編集者として一番喜びを感じる瞬間を教えてください。
細かいところだと「作品が感動するほどのクオリティに仕上がった」「単行本の表紙デザインが素敵だった」、ビジネス的な観点では「作品のPV数や単行本の売れ行きが好調」など、うれしい瞬間は多くあります。
ただ、やっぱり一番は、一緒に仕事をしてきた作家さんから「また一緒にやりましょうね」と言ってもらえたときです。たとえ編集者が現在の流行りのジャンルや法則を熟知していても、なにがヒットするのかはわかりません。そのうえで我々ができることは、ただひたすらに作品と作家に向き合うことなんです。作家さんからその一言で、100%ではなくても今までやってきたことが間違った方向ではなかったと感じられて、じんわりと心に染み入るうれしさがあります。その言葉が、これからの努力の糧にもなりますしね。
取材日:2024年11月27日 ライター:くまのなな
株式会社主婦と生活社