常にクライアントの ビジネスメリットという視点を 忘れることはできない
- 東京
- 株式会社スイッチ 代表取締役 鷹野雅弘氏
現場感覚への自信と、プロモーションまで手がける制作手法。 書籍のヒットの秘訣は、そこにある。
手がけた書籍が重版――つまり、増刷につぐ増刷となっている。その秘訣は?
書籍を執筆したり、編集企画を行う場合には、必ずプロモーションまで考えます。普段からブログやメールマガジンなどのチャンネルを育てていますし、CSS Niteをはじめとするセミナーやイベントで紹介したり、また、つながりのあるサイトやメールニュースなどで掲載をお願いしたり、とまずは多くの場に露出させることを考えます。 技術書の多くは、出版したら後は書店営業頼みです。このジャンルの編集者さんは、現場に追われていたり、営業部署との役割の切り分けなどで、プロモーションやマーケティングまで考える方が少ないんです。ターゲットユーザーがあまり近寄りそうにない紀伊国屋の売上データを見ているだけ、とか。ヒットを連発している敏腕編集者の知り合いは、セミナーがあれば出向き、どんなことは響くのか、会場の様子をみてリサーチされています。
内容も深くなければ、ヒットは難しいのでは?
もちろん、そうですね(笑)。アプリケーションに関しては私自身が制作を行っていますので現場感覚がありますし、長年トレーニングの現場にいますので、つまづきやすいところやわかりにくいところなどの“勘どころ”も把握しています。 私自身、苦労しながら覚えてきたので、その経験も生きていますね。特にWebに関しては、『CSS Nite』を通して多くのWeb制作者と触れ合って、文字通り、肌でつかみ取っていると自負しています。
鷹野さんは特に、AdobeDreamweaver(Webオーサリングツール)に関する執筆活動で定評がありますね。
ビジネス的に考えると、その辺を基軸としてポジショニングすべきなんでしょうが、なかなか絞り込めずにいます。「なんでもやってみたい」というよりは「切り離して考えることはできない」という感じでしょうか。手を動かして理解することが本質的に大好きなので、これからも新しいアプリケーションや技術にはいろいろ手を伸ばしていくと思います。
技術書、ノウハウ本でビジネス的に成功するのは難しい――一般的にはそう言われますよね。
技術書に関しては、出版社の営業という方たちが「及び腰」で保守的なため、結果として、3,000部程度の初版すら裁けない書籍がほとんどです。逆の発想で、3,000部だけ売れればいい、というニッチなものこそ、ユーザーに刺さる企画となると思います。書店に並んでいるのは初心者向けの本ばかりですが、これでは焼畑農業と同じです。求められているのは、脱初級、脱中級の濃いノウハウです。2007年末に編集企画した『Dreamweaverプロフェッショナル・スタイル』は、この方法論でヒットしました。 アプリケーションソフトの場合には、アップグレードとして割引購入がありますが、書籍の分野でも、購入済みのユーザーに継続的に関係を作るようなしくみが構築されていくべきだと考えます。ただ、今の出版の概念やシガラミからははずれてしまいますね。
コンピュータもアプリケーションも独学で。英語教師の経験で、 教育理論を身につけたことが今に生きている。
鷹野さんは、いつ頃からこの分野と取り組み始めたのですか?
12年前に会社を設立しましたが、その前職、前々職まではまったく別の分野で、まったく違う夢を追い求めていました。アルバイトもたくさんの職種を経験しています。 しかし、もともとデザインやコンピュータに興味があったし、Macやアプリケーションを使いこなすための試行錯誤も好きでした。いま振り返ってみると、20代前半に2年間ほど英語塾の教師の経験をしたことが大きかったように思います。あの仕事を通して教育理論を身につけたのが、この分野に転身してかなり生きていると感じています。
なるほど。講演やトレーニングも事業分野にしつつ、デジタル分野でさまざまな情報とノウハウを発信するスタイルは、そういうところからきているのですね。
加えて、紙媒体も物書きも、もともと好きでした。中学校時代はミニコミ作りなんかも手がけていましたから。
そこまでお聞きすると、今手がけていらっしゃることは「天職」なのかと思えますね。
そうかもしれませんね。DTPとWebは分けて考える方が多いのですが、あまり境目を感じないんです。 「制作を通してスキルを身につけ、それをカリキュラムに落とし込んでトレーニングの現場でお教えする。トレーニング現場での反応などをカリキュラムに反映しつつ、機会があれば書籍化する」という流れは、エコシステムとしてつながっています。制作だけ、トレーニングだけ、テクニカルライティングだけに特化するのではなく、これらのバランス感覚が重要ではないかと考えています。 あと、デザインセンスやスキルだけあってもビジネスでは成功できません。クライアントありきの仕事ですので、常にクライアントのビジネスメリットという視点を忘れることはできません。「スピーディにビジネスをこなしたいから、スキルをがんばる」という感じです。
ビジネスセンス?ですか?
たとえば企業のWebサイトを作る場合には、その会社のワークフローや、ビジネスとしての落としどころ、また、社内政治などの力関係など、スキルとは無縁のところが重要だったりします。お願いされたことだけをカタチにするだけの仕事と、それを膨らませて付加価値をつけるのでは、当然、金額も変わってきます。アプリケーションの使いこなしとか、コーディングのスキルも重要ですが、同時に、ユーザーとしての体験を重ねたり、サービスマンとしての資質を向上させることなども無視できません。さきほど話題に出た出版と同様、制作は、プロモーションやマーケティングにはノー・タッチというスタンスでは淘汰されてしまうと思います。
かなり忙しそうですね。
仕事でつながりのある方からは「いつ寝ているの?」と不思議がられますが、それなりに寝ています。短い眠りを細かくとりながら、ある意味、24時間体制で(笑)仕事しています。仕事で徹夜するのはイヤだけど、遊びだったらOKですよね。そんな感覚に近いです。 仕事だけでなく、映画やライブなどにもよく行きますし、なるべく子供との時間を持つことも重要視しています。
技術という悩みの種を解決して、制作者本来のコンテンツの アイデアに力を注げる時代を迎えてほしいのです。
『CSS Nite』は、ものすごく根強い人気を獲得していますね。
ありがたいですね。採算度外視のイベントなので、ビジネス的には問題あるのですが(笑)。参加者のみなさんが喜んでくださる限り、続けるつもりです。私自身が制作の現場にいて参加される方と同じように苦労していますが、覚えたい技術や話を聞きたい人など、同じ目線で企画できていることはポイントかもしれません。
なぜ、そこまで支持されるのでしょう。
「場」でしょうか。地方でもWebを通じて非常に勉強されている方が多いし、SNSやtwitterなどを通してつながっていることもありますが、やはりリアルなつながりはそれを代替できません。参加者のみなさんが評価してくださるのは、あの場で新しい出会いが生まれることのようなのです。出会った制作者さんたちが新しいネットワークを得て、仕事の機会を得たり、新しい発見をしたりと連鎖反応的な広がりを見せているんですね。
『CSS Nite』だけをとって見ても、鷹野さんのWebの世界への貢献はかなり大きい。
いえいえ、私は著名なクリエーターでもありませんし、あくまでも“黒子”的な感じです。 Webの世界はまだまだ可能性に満ちていて、それは裏返せば問題が多いということにもなる。特に今、私が注力しているのは「技術の地均し(じならし)」。制作者のみなさんには、早く、技術という悩みの種を解決して、制作者本来のコンテンツ構築に力を注げる時代を迎えてほしいのです。まだまだWebは使いやすいとは言えないし、調べたい肝心の情報が載っていないと思うことがよくあります。Webがひとつのインフラとして機能するには、もう一皮むける必要があると思います。そんな時代の到来に貢献できればと考えています。
今後の目標は?
正直、経営者としては向上心皆無なもので(笑)その質問への答えは難しいですね。 ひとつだけ言えるのは「やれるところまで現場でやってみよう」ということです。技術にとらわれ過ぎず、でも、楽しみつつ、こんな感じでやっていくと思います。 CSSNiteもしばらくは続けますが、音楽ビジネスでの「レーベル」みたいな感じで、出版社の枠にとらわれないような執筆活動ができたらおもしろいかな、と考えています。
取材日:2008年6月16日
株式会社スイッチ
- 代表取締役/鷹野雅弘
- 資本金:10,000,000円
- 事業内容:
- DTP、Web制作
- トレーニング
- 執筆(単行本、雑誌記事など)
- 設立:1996年6月
- 従業員数:6名
- 所在地:〒120-0015 東京都足立区足立4-13-18 グランベルク307
- TEL:03-5845-6950
- URL:http://swwwitch.com/
- 書籍:
- 『できるクリエーターFlash独習ナビ』(インプレス)4刷
- 『Illustrator CS3 完全制覇パーフェクト』(翔泳社)4刷
- 『Dreamweaverプロフェッショナル・スタイル』改訂版+重版
- 『できるクリエーターDreamweaver独習ナビ』(インプレス)3刷
- 『Movable Typeプロフェッショナル・スタイル』3刷