漫画「フリージア」が 完結していなかったからできたこと
- Vol.22
- 映画監督 熊切和嘉(Kazuyoshi Kumakiri)氏
『鬼畜大宴会』という話題作が大学の卒業制作で、その作品がPFFの準グランプリを獲得。そこで得たスカラシップで作った『空の穴』では、前作とはまったく方向性の違う不思議な世界観を披露したかと思えば、次作『アンテナ』では話題の小説を見事に料理して見せてくれた。その後もコンスタントに作品を発表し続ける熊切和嘉さんの最新作は、『フリージア』。「敵討ち法」が施行されている架空の日本を舞台にした、同名人気漫画の完全映画化作品だ。ガンアクション、かっこ良く仕上がってました。血の扱い、うまいね。というより、好きだねやっぱり、この人。なんていう感想を抱きつつ、会ってきました熊切さんに。
確かに、血が出るとテンション上がりますね(笑)。 スタッフとも過激にやろと話し合ってました。
――『フリージア』は、ガンアクションがすごいですね。事前資料にも、ガンアクションにこだわって演出したことが触れられている。
そうですね。リアルな撃ち合いにしたかった。何も考えずにドンパチやっているだけでは飽きられちゃうので、撃ち合いのシークエンスそれぞれにテーマを設定して演出しました。最初の敵討ちシーンでは「狭い日本家屋内での撃ち合い」、幽霊戦では「幻想的な戦闘」、トシオのアパート前では「市街戦/距離のある撃ち合い」という具合です。
主演の玉山鉄二さんに『コラテラル』(マイケル・マン監督)のビデオを渡してガンアクションのイメージを伝えたそうですね。他には参考にした作品はありますか?
マイケル・マン作品以外だと阪本順治監督の『トカレフ』や北野武監督の『その男、凶暴につき』などにリアリティを感じます。好きだし、参考にしました。
もし男の子が映画監督になりおおせたら、ほとんどの人が「いつか、かっこいいガンアクションを撮りたい」と考えると思う。
僕の場合も、最も映画にときめいていた中学生時代、ジョン・ウー作品のガンアクションにしびれまくっていました。この作品をやることになって、最初に頭に浮かんだのはそれでしたね。
で、実際にやってみて、ガンアクションの演出はどうでした?
おもしろかったですよ。ただ、おもしろいんですが、思っていたよりずっと大変でした。
どんなところが?
まず、段取り。仕掛けの都合もあるし、危険がともなうことなので、完全に動きを決めて、カット割りも完全に決めてから撮らなければならない。普通の撮影より手間も時間も、ものすごくかかった。
「スピルバーグは、『プライベート・ライアン』の戦闘シーンを、どうやって撮ったのだろう」――そんな感慨を持ったそうですね。なるほど、戦闘シーンを演出した経験のある人には、ああいう大人数の撃ち合いがどれくらい難易度の高いことなのかがわかるわけですね。
距離のある撃ち合いの撮影は、距離があるせいでこちらの役者の芝居と向こうの役者の芝居を一度に見ることができません。こちらを見て確認して、動いていって向こう側を確認してと考えると、『プライベート・ライアン』はその何十倍の人数で、もっと遠い距離でやっています。本当にすごいことです。
中華料理店の2階で撃ち合い、血しぶきが上がるのを観て、「熊切さんの“血みどろ”は、『鬼畜大宴会』以来かな」なんて考えてました(笑)。
確かに、血が出ると、テンション上がりますね(笑)。そう、この手の映画は10年ぶりだったので、スタッフとも過激にやろうと話し合ってました。それこそ最初の中華料理店での撃ち合いは、一番ハードコアなものにしようと思っていました。
最後の決闘にも、監督のカタルシスを感じるんですけど。
その通りです(笑)。雪が血で染まる映像は、完全に狙ってました。
原作が、もし完結していたら、 やりづらさはあったのかもしれないですね。
聞くところによると、今回この話があることは予知していたとか。
よく出入りしている製作会社さんに、『フリージア』が全巻揃っていたんです。「誰かが映画化を考えてるんだろうな」と思っていたら、プロデューサーさんから「読んでほしい漫画があるんだけど」と電話があった。まあ、それで「『フリージア』なんだろうな」と察したわけです。
映画化するにあたって、気をつけたのはどんなところですか。
まず、骨太な映画にしたいなと思いました。幸いにしてこの原作は、完結していない。その分、ストーリーに自由がきくので、ヒロシとヒグチという主要人物の関係性も思い切って原作とは違うものにしました。
一般的に、原作のある作品は難しいし、監督にプレッシャーもかかると言いますが。
やはり、原作が完結していないというのが大きかったと思う。もし完結していたら、おっしゃる通りのやりづらさはあったのかもしれないですね。僕が着手した時点で原作は5巻までしか進んでいなくて、ヒロシとヒグチは出会いが描かれていただけでした。2人の関係がどうなっていくのか誰も知らないので、自由にドラマを作ることができました。
熊切さんは、オリジナル脚本の『空の穴』で独特の世界観を見せてくれて、『アンテナ』では原作ものの料理の腕も披露してくれています。原作のある作品を手がけるにあたって基本的に考えることって、どんなことなんですか?
オリジナルのときは、最初に、直感で「これがやりたい」と考えたことを大事にしていて、迷ったときにはそこに帰るという作業をしています。原作ものの場合も、それは似てます。迷ったときに、原作を読んで心を動かされ、「これがやりたい」と考えたところに帰ります。
今回、それはどこになりますか?
最後の、ヒロシとトシオの一騎打ちですね。
この作品、観客にどんな反応を期待していますか。
単純に、「おもしろかった」と言ってもらえたらいいと思います。最近、日本にはこの手の映画はなかったように思いますから。
「これを撮ったからもう死んでもいい」という作品を 完成させてから死にたいとは思っています。
赤犬の松本さん(音楽)とのコンビは健在ですね。今回の音楽の出来は?
これまでで最高の出来です。
以前のインタビューで、脚本を書くときには、そのシーンをイメージした音楽を聴きながら書くとおっしゃってました。今回はどうですか。
大体似たようなこと、してます。今回はさらに、現場にも持ち込んで、撮影監督や主演の玉山君にも聴いてもらいながら、イメージの共有を図ってました。
熊切さんの映画作りと音楽は、かなり密接な関係を持っていますね。
音楽から刺激されることは多いですね。
映画に関する勉強、蓄積は普段どんな風になさっているんですか?
あんまり勉強はしてないですね。もともと映画を観るのが好きで、音楽聴くのも好きで、本を読むのも好きで……というのをやっているだけ。趣味の延長ですね。映画を観るときに「学ぼう」という視点も大切だと頭ではわかっているんだけど、つい普通に見ちゃうんですね。
プロになる前から繰り返されていた日常が、まったく同じように繰り返されているわけですね。
飲むお酒の量が増えたくらいですね、変わったところは(笑)。
ある映画監督は、自作が公開されたらお忍びで客席に座り、観客の反応をじっくりと確かめると言っていました。熊切さんは、そういうことはしない。
しないですね。行き着けの飲み屋にポスターを貼りに行くくらいだな(笑)。
観客の反応を知りたくはない?
正直、ひとりで行くのは怖いですよ。入りが悪かったりしたら、どうするんです(笑)。そう考えると映画祭は好きだな。入りの心配はいらないし、盛り上がりもあるし。
次回作の予定は?
いくつかあります。原作ものもあるし、オリジナルもある。オリジナルは、かなり前から動いているものが2本あります。
オリジナル、ぜひ拝見したいですね。
原作ものに比べると、資金が集まりづらいんです。だから苦労してます。僕のオリジナル作品は、「地味なくせに金がかかる」と思われているみたいで(笑)。
この後、キャリアが終わるまでに何本くらいの映画を撮りたいと思ってます?
本数の目標、っていうのはないですね。「これを撮ったからもう死んでもいい」という作品を完成させてから死にたいとは思っています。傑作を残して死にたい。
それは、具体的にはどんな作品なんでしょう。
例えば、ずっと前から考えていて、いつか絶対にと思っているテーマに「北海道開拓史」があります。
お金かかりそうですね。
かかるでしょうね(笑)。
では最後に、若手クリエイターたちにエールをお願いします。
本当に好きなことがあれば、それを貫くべきだと思います。一度きりの人生の中で本当に好きなことが見つかったのなら、それを貫く以外何がある。僕はそう思います。
Profile of 熊切和嘉
1974年、北海道帯広生まれ。 大阪芸術大学の卒業制作『鬼畜大宴会』が第20回ぴあフィルムフェスティバルの準グランプリを受賞。あまりのインパクトに劇場公開が決定し、異例のロングランを記録した。その後、PFFスカラシップ作品として『空の穴』を発表。その後もコンスタントに作品をリリースしている。
【作品】
1998年 | 『鬼畜大宴会』 |
2001年 | 『空の穴』 |
2003年 | 『アンテナ』 |
『夏の花火編 あさがお』(DV/56分) | |
『アカン刑事』(最も危険な刑事まつり/10分) | |
2004年 | 『冬の花火編 妹の手料理』(DV/50分) |
『揮発性の女』(DV/80分) 『遡河魚』(デジタルベータカム/30分) | |
『爛れた家~蔵六の奇病より~』(日野日出志のザ・ホラー 怪奇劇 | |
2006年 | 『青春☆金属バット』 |
2007年 | 『フリージア』 |