日本酒の街・東広島市西条を舞台に、オリジナルの物語を描いた映画『恋のしずく』。 瀬木直貴監督の映画づくりは、まるで街づくり。

Vol.155
映画監督 瀬木直貴(Segi Naoki)氏
Profile
1963年、三重県出身。立命館大学卒業後、プロダクション勤務を経てフリーに。現在、映像制作会社ソウルボート株式会社代表取締役。
その土地とそこに暮らす人々を題材にオリジナルの物語を立ち上げ、映画を撮ってきた瀬木直貴監督。『カラアゲ☆USA』(2014年)や『ラーメン侍』(2011年)など、食を取り上げることも多い瀬木監督の最新作は、日本人の食を掘り下げることでたどり着いた“日本酒”がテーマ。映画『恋のしずく』(2018年)は、日本三大銘醸地、広島県東広島市西条を舞台にオールロケで撮影された。その土地に滞在し、その場所とそこに暮らす人々の魅力を描き出し、街をもり立てる。そんな街おこしのような映画づくりについて聞いた。

酒処、東広島市・西条との出会い

© 2018「恋のしずく」製作委員会

今回の映画で“日本酒”をテーマにされたのは?

日本では、庶民から高貴な人まで、冠婚葬祭など人々のよろこびや悲しみとともに、いつも日本酒がありました。それで、日本酒を通して人々の生活を描きたいと思ったんです。ただ、日本酒は映像にするとただの透明な水ですし、その工程である「並行複発酵」(糖化とアルコール発酵を同時に行う発酵方法)は、非常に複雑で時間もかかるので、なかなか映画になりにくい。だからこそ、日本酒を正面から描いてみたいと思いました。

映画の舞台はどのように探されたのですか?

北は秋田、福島・会津若松、新潟、富山、西は京都・伏見、兵庫・灘……日本の酒処は全国にあります。2016年に半年以上かけて、そうした土地に勉強に行かせていただきました。ずっと西へ。知人の紹介で、広島県にある竹鶴酒造株式会社の杜氏であり、今回監修を務めていただいた石川達也さんを訪ねました。石川杜氏に連れて行ってもらったのが西条でした。西条は石川杜氏のご出身地なのです。

東広島市・西条を舞台にした決め手は何だったのですか?

西条は駅前に7つの酒蔵が軒を連ねていて、旅情のあるすばらしい風景にまず驚きました。でも、それだけでは映画にしたいとは思いません。決め手は、そこで出会った人たちですね。この街には毎年10月に「酒まつり」という25万人以上が足を運ぶお祭りが30年以上も続いているんです。祭りの担い手である酒蔵の方たち、そして一般の市民の方たち、そういうみなさんと交流の輪が広がる中で「ここだ!」と思ったんです。
酒蔵の方も市民の方もみなさん口々に「この街を何とかしたい」「日本酒をフックにもっと西条という名前を全国に、世界に知ってほしい」とおっしゃるんです。そのエネルギーの大きさに、この人たちとならば大きな苦労があっても一緒に乗り越えられると思えました。

オールロケ、オリジナルの物語で撮る

映画「恋のしずく」の公開を記念して東広島市の9つの酒蔵から発売された純米酒「恋のしずく」

監督はいつもその土地に滞在して映画を撮られますが。

僕は映画をずっとオールロケで撮ってきてもう16本目です。どれも原作はなくてオリジナルの物語です。物語は、机上でプランニングして書くのではなく、街と出会いそこに暮らす人たちと出会って、交流の輪が広がる中で物語が立ち上がっていきます。映画『恋のしずく』では2017年の7月から半年間、現地に滞在しました。

その土地に入るときに大切にしていることは何ですか?

自分をニュートラルにおくことですかね。映画監督という肩書もなく、ひとりの人間として向き合う。今回の作品では、お酒がコミュニケーションの潤滑油になりました。日本酒はすごく奥が深くて、素材の味を引き出してくれます。たとえば、香り系のお酒で純米吟醸はクリームチーズや白カビ系のチーズとよく合います。そうした「この料理にはこのお酒」という絶妙な組合せを、酒蔵の人たちや杜氏さんがおしえしてくれた。そうした日本酒の魅力を伝えたいという思いがありました。

映画の中では、世代交代や後継者問題などが描かれていますね。

地域の人たちのさまざまな問題を聞くと、映画を通してその処方箋を出したくなってしまうんです。人口減少時代になって、“いけいけどんどん”の右肩上がりの時代は終わっているのですから、そういうときは課題と向き合うことが必要だと思うんですよ。 一方で、地域の人たちだけを対象とした映画ではなく、言語、民族、文化、国を超えて、世界に通用するような普遍的でクオリティの高い作品をつくるのが私のミッションです。

映画を観て実際に西条の街に行きたくなりました。お祭りにも参加してみたいです。

東広島の西条「酒まつり」には、2日間で25万人が訪れるのですが、その内訳を調べてみると9割以上が広島県内から来ている。残りの1%弱が海外の人、県外からはだいたい7〜8%。だから、地元のお祭りなんですね。東広島の人口動態を調べると、今後は人口が減っていくんです。今はまだ、人口が微増しているので、元気があるうちに酒まつりをもっと全国に広めたい。この映画が何らかの起爆剤になればと思っています。

監督は「映画づくりは街づくりと同じ」とおっしゃっていますが。

映画づくりは街づくり、人づくりなんですよ。私の場合、映画制作のプロセスは、まず地域について勉強する・調査する・知る、ということからはじまるわけです。その街の魅力・課題をきちんと意識していくことなんですね。そして次にそれをどのようなアクションプランにしていくかを考えるんです。

地域に根づいた映画を撮るようになったのは?

2000年に映画『坂の上のマリア』(2001年)という映画を撮ったのがきっかけですね。北九州の小倉に半年間住み込んで撮りました。その土地の魅力・課題の調査・発見からはじまったのですが、そのときに応援してくれた九州大学工学部建築学科の教授に「あなたの映画づくりは、街づくりと同じプロセスをやっている」と僕にサジェスチョンしてくれたんです。それが今の僕をつくっている気がします。

「鯉幟」「恋のしずく」など、酒蔵とコラボレーションして日本酒もつくったそうですね。

今年の3月に純米吟醸酒「鯉幟(こいのぼり)」というお酒が販売開始になり、売れ行きは非常に好調だそうです。それ以外にも「安芸乃露」や「命なりけり」、あと9つの酒蔵がそれぞれにつくった「恋のしずく」が販売されます。売り上げの一部は製作委員会にいきますが、残りは全部地元に還っていきます。

五感で感じる映画

© 2018「恋のしずく」製作委員会

役者さんが魅力的なのも映画の見どころですね。

詩織役の川栄李奈さんは憑依型の役者さんです。はじまるとポンと変わる、あの集中力、瞬発力はすばらしい。小野塚勇人くんは劇団EXILEのメンバーですが、あそこは体育会系なので酒を鍛えられているんですね。自主トレと称して、毎晩のように飲みに行っていて、飲み比べのシーンは「本物のお酒でもいいっすよ」と言っていました(笑)。2人ともコミュニケーション能力が高いので、地域の方ともスタッフともよくお話しされていたのが印象的でした。杜氏の坪島役の小市慢太郎さんは、僕の映画によく出ていただくんですが、彼は土地の人と見間違えるほど、すっかりこの場所に馴染んでいましたね。

本作は、蔵元で莞爾(かんじ)の父親役の大杉漣さんの遺作になりました。

大杉さんは、とにかく雰囲気をつくるのが上手で、ベテラン俳優ならではの味を出されていました。待ち時間にはよく街を歩いておられました。「よく散歩されますね」と声をかけたら、「乃神輝義という役はここで生まれて64年間この街の風景を見て空気を吸ってきました。そうした役づくりに活きるかと思ってね」とおっしゃって。ステキな方でした。

この映画の見どころは?

お米と酵母が出会ってお酒ができますが、まだ、酵母という存在も知られていなかった時代には、それは神のおかげだと考えられていました。男がいて女がいて、そこから恋が生まれたり、子どもが生まれたりする。でも、何でこの人に惹かれるのか、というのはわからないですよね。それもやはり神様の仕業だと思うんです。目に見えないものを僕たちは本来、五感で感じて生きている。そのことを忘れてしまわないように、体全体でもっといろんなことを感じてもらいたい。今回の映画はそうした空気感のようなものを大切にしたつもりです。紅葉の季節だったり、しっとりとした雨模様だったり、瀬戸内ならではの乾いた感じだったり、お米の蒸した匂いだったり……五感でこの映画を感じてほしいですね。

銀幕に映る生まれ育った街

© 2018「恋のしずく」製作委員会

この道に入ったきっかけは?

僕と映画との出会いは5歳くらい。いちばん最初に劇場で見たのが『モスラ対ゴジラ』という映画でした。僕は三重県の四日市出身で、大気汚染公害の原因となった石油コンビナートのそばで育ったんです。ゴジラはもともと社会風刺として近代文明への批判から生まれた映画ですが、ゴジラが伊勢湾から上陸してきて、長い尻尾で四日市の第1コンビナート、第3コンビナートをなぎ倒していく……。街は壊されてしまいますが、銀幕に自分の街、知っている風景が映るというのはいいな、と子どもながらに思いました。

映画に関わるのは子どもの頃からの夢でしたか?

もともとは新聞記者になりたかったんです。やはり四日市出身ということが大きくて、社会の問題とか矛盾とかを人に伝えるような仕事をしたいと思っていました。小学校の卒業文集にも「新聞記者になりたい」と書きました。
ただ、その後、京都の立命館大学に入ったのが運の尽きで(笑)。京都・右京区の太秦には、東映と大映(現在は松竹)のふたつの撮影所があって、そこでアルバイトをしていたのがきっかけで映画業界に接点ができました。大学を卒業するときに、新聞社6社を受けましたが全部落ちて、卒業後は映像制作プロダクションに就職しました。その会社には2年いて、その後フリーランスの演出家としてやっていました。

20代半ばで一度映像の世界から離れたそうですが。

26歳の頃に1度、映像の仕事を辞めているんです。その頃、テレビドラマの監督もしていたのでその道でやっていけたのに、急に興味が失せてしまった。誰もがそうかもしれないですが、仕事をはじめて数年経つと、本当にその道に向いているのかどうか、将来どうするのかって自問自答する時期があるんですね。それで、後先考えずに、9ヶ月世界放浪の旅に出たんです。

再び映像に戻ったのは?

放浪の旅では、言葉も通じないようなところに行くこともあって、話し相手もいないから自分のことを考えるしかなくて。自分がそれまでやってきたことや自分の強み、関心事を整理して「映像の世界でなら人並みに仕事ができる」ということを確認しました。
それから、小学4年生のときに見た社会の副読本があって。1ページ目が、赤白の煙突から煙が出ている四日市公害の写真、2ページ目は、四大公害のひとつ水俣病の患者さんをお母さんがお風呂に入れているユージン・スミス※1が撮った写真が載っていました。その写真を見て僕はジャーナリストになりたい、と思った。そうした経験から、1秒間に24枚の写真が入っている映画は、写真とはまた別の可能性あるのでは、と思い至りました。それでまた、映像の世界に戻ったんです。

※1 ウィリアム・ユージン・スミス(William Eugene Smith、1918年12月30日 - 1978年10月15日)は、アメリカの写真家。1957年から世界的写真家集団マグナム・フォトの正会員。チッソが引き起こした水俣病の取材活動をした。

一緒に映画をつくった人たちの喜ぶ顔が見たい

若いクリエーターへのエールをお願いします。

僕もそうだったように、いっぺん自分のやりたい世界から離れて、それを外から見てみる、というのはとても重要な気がしますね。そこを離れてみて、また戻ってもいいし、別の道を行くのでも、それはそれで人生です。
もうひとつ、失敗から得ることは大きいということですね。僕は十数年前に大きな借金をしたことがあります。撮影中に映画会社が倒産してしまって、やとわれ監督だったので途中でやめてしまうこともできたのですが、スタッフにもキャストにも「映画はどうなるのか」と聞かれて、その上、その映画も地域を巻き込んで撮っていたので、地域の方々にも「お願いですから、最後までやってください」と涙を流された。火事場の馬鹿力で大金を借りて映画を撮り終えたのです。そのときに応援してくれた皆さんとは今もつながっていて、一生のおつきあいです。

映画を撮るときの最大の喜びは?

僕の作品を応援してくれる人たち、映画を一緒につくった人たちが喜ぶ顔を見ると、一番良かったと思いますね。これまで16本撮らせていただいた街とはずっとつきあいが続いていて、本当にいい人生を送らせてもらっています。
僕自身の目標は、100歳くらいまでは継続的に映画を撮るということです。映画評論家のおすぎさんに「いつまでたっても半メジャーでいなさい」っと言われたことがありました。それは僕にとってすごいほめ言葉ですね。オリジナルで、オールロケで、低予算で、商業映画を毎年のように撮っている監督ってあまりいないと思います。これからも、一緒につくる人や応援してくださる人が喜んでくれて、楽しいだけでなく、その時代に意味のある映画を撮りたいと思っています。

取材日:8月20日 ライター:天田 泉

瀬木直貴(せぎなおき)/映画監督

1963年、三重県出身。立命館大学卒業後、プロダクション勤務を経てフリーに。現在、映像制作会社ソウルボート株式会社代表取締役。映画監督、TV・CFディレクター、エッセイ・コラムの執筆、環境・人権に関する講演活動、各地のまちづくりアドバイザーを務めるなど、活躍の場は多岐にわたる。自然や地域コミュニティーをモチーフにした作品に定評がある。みえの国観光大使・四日市市観光大使・明和町観光大使・福島県しゃくなげ大使・宇佐市観光交流特別大使。2008年市制111周年記念・四日市市民文化奨励賞受賞。

『恋のしずく』

  • 出演:川栄李奈
       小野塚勇人 宮地真緒 中村優一 蕨野友也
       西田篤史 東ちづる 津田寛治 小市慢太郎
       大杉漣
  • 監督:瀬木直貴
  • 脚本:鴨義信
  • 音楽:高山英丈
    主題歌:「細雪」和楽器バンド
  • ©2018「恋のしずく」製作委員会

 

10月20日(土) 丸の内TOEIほか全国公開
10月13日(土) 広島バルト11、T・ジョイ東広島ほか広島県先行公開

 

日本酒嫌いのリケジョ女子大生が老舗酒蔵へ実習に!?
川栄李奈 映画初主演。
舞台は日本三大酒処、東広島市・西条。
心に染み渡る日本酒映画、誕生。


くわしくは、映画『恋のしずく』オフィシャルサイト をご覧ください。

 
 
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