職種その他2020.06.14

世界一美しい本を作る男①

東京
編集ライター
海外暮らしと帰国してから
Joshy

東京の出版社で働いていた時、月に一度「刷り出し見本を確認する日」というのがありました。

月刊誌を印刷をしてもらっている印刷会社に出向いて、刷り出されたページの色と原稿の最終チェックをします。色校正は校了前に行っており、印刷職人さんは完成ともいえる工程を行ってくれていますが、それでも色味がずれているページを職人さんに掛け合い調節してもらいます。その都度、印刷というのは職人技なんだな〜と思っていました。

印刷会社からの帰り道で時々思いだしていたのが、「世界一美しい本を作る男」と呼ばれている出版者ゲルハルト・シュタイデルさんのことです。

シュタイデルさんは、人口10万人のドイツの小都市ゲッティンゲンで、従業員50人ほどの小さな出版社を営んでいます。
このシュタイデル出版社は、小説などの書籍も出版していますが、特にアートブックが有名です。

アメリカを代表する写真家ロバート・フランク、ノーベル賞作家ギュンター・グラス、シャネルのアートディレクターを長年務めた故カール・ラガーフェルド……。
著名アーティストの作品を手がけるシュタイデルさんの元へは世界中の写真家やアーティストからのラブコール(出版依頼)が殺到し、“シュタイデル本”のコレクターなるものが存在するほどなのです。

シュタイデルさんが世界一美しい本を作る男と称されるのは、ひとえに彼の卓越した印刷技術ゆえです。

取材のためゲッティンゲンの旧市街にあるシュタイデル出版社のドアを叩いた時、シュタイデルさんはシャネルのカタログのため8時間以上もインクの色味を試行錯誤している途中でした。
彼の厳しい表情は(上の写真)、まだ納得のいくものができていないことを物語っていて、今やっているテストプリントに費やした費用だけで、3万ユーロ(約360万円)にのぼると話してくれました。

一つの作品のために彼が費やす金額、労力、時間に自分がびっくりしていると、シュタイデルさんは笑いながら「他の印刷所はもちろんこんなリスクは冒しませんよ。でも私は完全なモノを追求したいのです。これはそのための投資なのです」と言いました。

カール・ラガーフェルトが撮影した著名な写真集「Little Black Jacket(シュタイデル出版)」は、発売から7ヶ月で11万部のセールを記録したそうです。
アートブックとしては破格の成功を納めたこの美しい写真集の成功の裏には、妥協を許さず最高のものを提供するという姿勢に貫かれた、20年間にもおよぶシャネルのデザイナーとシュタイデルさんのコラボレーションが潜んでいることを知りました。

つづく

プロフィール
編集ライター
Joshy
ヨーロッパに20年滞在し、日本のメディアに情報を発信。海外生活で経験したこと、帰国してから感じたことを綴っていきます。

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