パウロ・コエーリョに会う
人との出会いと同じく、本との出会いにも不思議な縁のようなものが存在するのを経験したことはありませんか?
自分にもそういった本がいくつかありますが、ブラジル人作家パウロ・コエーリョの『アルケミスト – 夢を旅した少年』は、人生の転換期に出会った思い出深い本のひとつです。
世界中で80カ国語以上の言語に翻訳されているという大ベストセラー『アルケミスト』は、羊飼いの少年サンチャゴが「何かを強く望めば宇宙のすべてが協力して実現するように助けてくれる」という言葉に従い旅を続け、さまざまな出会いと別れのなかで人生の知恵を学んで行く夢と勇気の物語です。
当時、自分はアムステルダムとベルリンを往復していました。その後、10年間暮らしたベルリンを離れ、アムステルダムに引っ越しをするのですが、先が見えないまま新しい扉を開こうとしていた自分と、主人公の少年をオーバーラップさせていたのかもしれません。
新しい世界に行くには、まず自分の中の古い生き方と認識を捨てなくてはいけないということをパウロ・コエーリョから学んだように思います。
パウロ・コエーリョは、彼の著作が世界中の人々に愛されている理由について次のように言っています。
「きっと私の本を読んでこう感じるからではないかな。『何だか自分で書いた本みたい。だってこの本で言っていることは、ずっと前から知っていたのに、忘れていたことだから』」
スピリチュアルという言葉では括ることのできない「人はなんのために生きるか」という普遍的なテーマを、パウロ・コエーリョは一貫して書き続けているように思います。
アルケミストを読んだ直後の頃のことです。ベルリンの大型書店がパウロ・コエーリョの新作発表会を主催しました。
店に入り、2階にある会場へと続くエスカレーターに乗ろうとした瞬間、横からさっと風のように乗り込でくる人がいました。それはその夜のイベントの主人公、パウロ・コエーリョその人でした。
ジーンズにスニーカーというラフな服装の彼は、目をキラキラさせてこれから起こることを期待するようにまわりを見回していました。ヨーロッパの作家によくあるインテリ然とした雰囲気はまったくなく軽やかさとポジティブさを身にまとい、生きることを享受する姿勢がにじみ出てくる、そんな風貌をしてました。
このエスカレーター上での何秒かの出会いに満足した自分は、たくさんの読者が彼を待っている朗読会には行かず会場を後にしました。
最近久しぶりにパウロ・コエーリョの本を手に取りました。その中のひとつ、対話集の中にアルゼンチンの作家ホルヘ・ルイス・ボルヘスに会いに行ったエピソードが書かれています。
パウロ・コエーリョはボルヘスの熱狂的なファンで、老作家と言葉を交わすために48時間一睡もせずに旅をします。しかしボルヘスと対面したとたんに言葉を失い、ひとことも話さずに帰ってきてしまいます。
「自分にとっての伝説的人物、私の神話をこの目で見たかっただけで、その目的は達成した。言葉は必要なかった」
とパウロ・コエーリョは語っています。
あの日パウロ・コエーリョに会った時の自分の心境をいい当てたかのようなフレーズに、忘れかけていた記憶がまざまざと蘇ってきました。
「何かを強く望めば宇宙のすべてが協力して実現するように助けてくれる」当時、自分の励みだったこの言葉が今の自分にも必要なのかもしれません。