ルビ組版を考える(上) ~連載「組版夜話」第6話~

連載「組版夜話」第6話
組版者
MAEDA, Toshiaki
前田 年昭

ルビはおもしろい。 主役のテキストを脇から助太刀する、 いわば助演者である。 第一に、 霙 (みぞれ) 蜉蝣 (かげろう) などの難読漢字、 後 (あと) (うしろ) (のち) など複数ある読みを特定したり、 一昨日 (いっさくじつ) (おととい) のような熟字訓を示したり、 いわゆる 「読み」 をあらわす。 それだけではない。 太陽 (てぃだ)、 大和人 (やまとんちゅー) など沖縄方言、 返版 (かえし)、 不良品 (おしゃか) など現場言葉、 言葉 (ロゴス) など外来語、 拳銃 (チャカ) など特定集団の隠語など、 意味を示す漢字では抜け落ちる 「現実」 を、 ルビを添えることで何とかして表現しようとする。

組版の立場からいうと、 大きく、 (1) 1字ごとに付くモノルビ、 (2) 複数の文字に付く熟語ルビ (グループルビ、 群ルビ) があり、 配置の仕方には、 (a) 1字の中心につく中付き、 (b) 天揃えでつく肩付きがある。

文庫のルビは、 肩付きがもっともよく使われている。 これは、 縦組みという理由に加えて、 技法が活版期に円熟、 定着した合理性を持つからである。 新潮文庫 (1914年創刊) や岩波文庫 (1927年創刊) もほぼ同様のルビスタイルである。 ただ、 肩付きだといって一筋縄ではいかない。 今回は、 ちくま文庫版 『泉鏡花集成 (全14巻)』 筑摩書房1996-97を例に検討する (末尾の数字は巻数―頁数)。
泉鏡花作品には、 密夫 (まおとこ) 土地児 (とちっこ) 唐突 (だしぬけ) など、 おもしろいルビが多く用いられているが、 例1のように、 三 (さ) 味 (み) 線 (せん) と、 ルビが1字なら天揃えで、 2字なら親字の字幅 (ここでいう 「字幅」 とは字送り方向の長さ、 縦組みなら天地の長さ) に配置される。 親文字が1字ずつに分解できない場合は、 例7、 例8のように、 親文字長と同じ長さに 「頭末揃え」 で付く。 ルビ文字列長が親文字長より長い場合はどうするか。 1文字はみ出す場合は、 例2、 例3のように後ろ隣の文字にルビ1字分かける (これをルビかけとよぶ)。 2文字はみ出す場合は、 例4、 例5のように後ろ隣に1字かけたうえで直前の文字に1字かける。

しかし、 あるアプリケーションで肩付きと設定すると、 デフォルトではルビかけは後ろに2字 (例5b) となる。 これは少々無理がある。

確かに、 できるだけ本文のベタ組みを崩さないことは大切だ 〔第4話〕。 けれど、 隣の家からはみ出した木の枝が、 こちらの家の全面をおおうのは行き過ぎではないか。 線状に並ぶ文中の対象の字、 語、 句、 文 〔以下、 被ルビ文字列〕 を本道にたとえると、 ルビはいわばバイパスである。 ルビかけ2字では本道に戻れない。

ルビは助演者にちがいない。 しかしルビでしか表現できないことがある。 ルビ文字列を親文字列と 〈併走するひと組〉 として見せる工夫、 読者にとっての 〈当たり前〉 (当たり前が実は最も難しい!) を実現するためには、 ルビの特性を理解した組版の技が必要である。
〔この項、次回につづく〕

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プロフィール
組版者
前田 年昭

1954年、大阪生まれ。新聞好きの少年だったが、中国の文化大革命での壁新聞の力に感銘を受け、以来、活版―電算写植―DTPと組版一筋に歩んできた。

1992-1993 みえ吉友の会世話人、1996-1998 日本語の文字と組版を考える会世話人、1996-1999 日本規格協会電子文書処理システム標準化調査研究委員会WG2委員。現在、神戸芸術工科大学で組版講義を担当。

  汀線社WEB https://teisensha.jimdofree.com/
  KDU組版講義 http://www.teisensha.com/KDU/
  繙蟠録 http://www.teisensha.com/han/hanhanroku.htm

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