段落の始めの字下げ(空白)は文字なのか、空きなのか? ~連載「組版夜話」第10話~

連載「組版夜話」第10話
組版者
MAEDA, Toshiaki
前田 年昭

文のはじめを1文字下げることは、 いつどこで習ったのだろうか。 原稿用紙の使い方として習ったのではなかったか。 「公用文作成の要領」 1952は 「文の書き出しおよび行を改めたときには1字さげて書き出す」 とし、 『新編校正技術 上巻』 1998にも 「文章の書き出し (改行の初め) は全角下ガリ」 と書かれている。

組版例を見ていただきたい。
電子書籍ビューワの一例 (青空文庫に対応した電子書籍ビューア 「AIR草紙」 satokazzzさん作) だが、 段落冒頭をみると右ページ4行目と5行目とで字下げ幅が異なっている。 これは、 禁則処理のため5行めの行末を追い出し処理した際の調整を、 段落冒頭アキの1文字分にも及ぼしたためだ。 段落の始めを示すという役割は4行目と同じなのだから、 下げ幅は等しくする必要がある。

和文組版における行頭字下げの習慣はけっして古くなく、 近代活版印刷以降である。 東アジアの組版には本来、 行頭の字下げは存在しなかった。 句読点や種々の括弧類などと同様、 活字組版以降に欧文組版のインデンション移入から行われるようになったものだ。

活版や電算写植では、 全角アキなどの固定した空白をクワタと呼び 、 禁則による追い出し処理などでその行の字間が均等に空く場合でも、 クワタの前後ではアキはプラスしない。 つまり、調整には使わない。 アキ量は、 全角アキなら1文字分アキ固定である (アキ量は、 字送り方向にからんだ変形や均等ツメなどの指令があれば、 その字送り量をもとに決まる)。

DTPになって、 とくにウェブ組版では、 この点に対する理解が欠如していることが少なくなく、 文字の代替 (ダミー文字) と正しく区別されていないことが多い。 もちろん、 ビューワでも、 Android向け縦組み表示アプリ 「縦書きビューワ」 (青空文庫形式テキスト対応、 XHTML/EPUB簡易対応、 2SC1815Jさん作) などは、 和文組版の基本に適切に対応しており、 先に紹介した 「AIR-草紙」 のような無様なことにはならない (左図参照。 「縦書きビューワ」 が昨年12月公開終了になったことは、 まことに残念)。

こういうと、 読者のなかには 「段落1字下げ」 は 「文字組みアキ量設定」 で設定すれば済むことという意見が出るかもしれない。 しかし、 1冊を通して単一共通の設定ができると考えるほうが間違っている。 改行で、 前行の会話や引用文を 「と、 の、 が、 も」 などで受ける際に、 そこだけ行頭から組むことはしばしばだ (改行されていても連続しているという見立てである)。 また、 私は見出し直後の段落は字下げを行わない(段落冒頭字下げの歴史的由来としての欧文組版では見出し直後は字下げしない)。 これらは、 個々別々に決定されるのであって、 1冊を通して単一共通の設定にはなじまない。 現在のアプリケーションソフトの多くに見られる誤りの多くは、 用語定義の誤りとともに階層の不適切 (文字単位なのか、 段落単位なのか、など) に起因する。 和文組版における段落始めのアキは、 段落という階層に属するのではなく、あくまで文字単位の階層に属し、 文脈ごとに異なる処理がアリなのである。 どの階層の決めごとかに自覚的でなければ、 読みやすく美しい組版はできない。

【参考】アプリ開発秘話005 縦書きビューワ 2010.06.15

 連載「組版夜話」もくじ

プロフィール
組版者
前田 年昭

1954年、大阪生まれ。新聞好きの少年だったが、中国の文化大革命での壁新聞の力に感銘を受け、以来、活版―電算写植―DTPと組版一筋に歩んできた。

1992-1993 みえ吉友の会世話人、1996-1998 日本語の文字と組版を考える会世話人、1996-1999 日本規格協会電子文書処理システム標準化調査研究委員会WG2委員。現在、神戸芸術工科大学で組版講義を担当。

  汀線社WEB https://teisensha.jimdofree.com/
  KDU組版講義 http://www.teisensha.com/KDU/
  繙蟠録 http://www.teisensha.com/han/hanhanroku.htm

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