索引のはなし(中) ~連載「組版夜話」第12話~
※ 2021.1.11改題しました。
半世紀前、 日本の人文書には、 索引が付いていないことが少なくなかった。 索引のない本は地図のない社会にたとえられるが、 こうした索引の意義があまり理解されていなかったためだ。 当時と比べて最近は、 索引が付けられていることが多くなった。 読者としてとても嬉しい.。 だがなお、 私は不満なのだ。 ほとんどの索引は当然のように網羅的であり、 そこには項目語のまとめ (階層化) もなければ、 当該項目の掲出ページのうちどこが重点なのかの提示もない。 ときには一つの項目に40も50も掲載ページが挙げられ、 よほどの気力がなければ引き当てる前に怖じ気づいてしまう。 読みにくく使いにくい。
1960年代末に岩波書店から刊行された日本歴史叢書 (全16巻) の索引は、 項目数は決して多くはなかったが、 索引だけを読んでいても楽しく、 今も折にふれて使っている。 挙げられたページには、掲出語と完全に同じ語句が載っている訳ではなく、 よく読むと、 そのページに小見出しを付けるとすればその語句になるだろうという内容が載っていて、 感心させられた (これは機械にはけっしてできるものではなく、編輯という人間の仕事だ)。 また、 固有名詞だけでなく、 普通名詞もよく採られていたから、 著者の立場、 観点を読者が知るためにはとても有益だった。 特定の事件や人名などの固有名詞は誰でもピックアップできるが、 普通名詞をその本のキーワードとして定めるのは、 著者の立場であり、 編集者の判断なのだ。
今回は、 そのなかから井上清 『日本帝国主義の形成』 (1968年6月) を採りあげてみたい。 右がその実際の紙面の一部だが、 主項目語のもとに下位項目が整理されてグループ化されている。 「軍事的封建的帝国主義」 という主項目語のもとに、 下位項目語として 「軍事的封建的帝国主義と近代帝国主義」 「天皇制の軍事的封建的帝国主義」 「ロシアの軍事的封建的帝国主義」 がまとめられ、 下位項目中の主項目語部分は―― (2倍ツナギ罫) で示されている。 また、 主項目が頭につくものと、 途中や末尾につくものとが区別され、 それぞれ50音順に配列されている。
左のようにすべての語句を50音順に配列したものと比べれば違いがよくわかるが、 この索引のように 「軍事的封建的帝国主義」 という語でまとめてあると、 関連箇所も分かりやすい。 機械に使われるのではなく機械を使いこなす、 編輯の立場からの索引づくりに必要な技術は、 何か。
少し、具体的な話をしてみよう。 まず、 項目語を50音順に並べる。 前回、 ソートのはなし (上) でやったように、 すべての項目語に平仮名で、 かつ濁音、 半濁音、 音引き、 小書きはみな清音として、 読みをつける。 これで50音順の配列になる。 が、 まだグループ化はできない。
グループ化するためには、 主項目を別に立てる。 まず、 読みの列をそのまま左に新たな列として複写し 、 これを 「上位」 の読みの列とする。 この列には、 下位項目語には主項目語の読みをそのまま入れる (下位項目をもたない項目は、左列と右列とは同じママでよい)。 左の「上位」の読み列には、 「軍事的封建的帝国主義と近代帝国主義」 にも 「天皇制の軍事的封建的帝国主義」 にも 「ロシアの軍事的封建的帝国主義」 にも 「くんしてきほうけんてきていこくしゆき」 と入れ、 そして、 右の「下位」 の読み列には、 「_くんしてきほうけんてきていこくしゆきときんたいていこくしゆき」 「てんのうせいのくんしてきほうけんてきていこくしゆき」 「ろしあのくんしてきほうけんてきていこくしゆき」 と入れる。 下位項目のなかで、 冒頭に主項目の語が入るものは区別して 「_」 を頭に付ければ、 先に配列される。
こうしておいて並び替えを実行する。 その際に、 「上位」 の読み列を優先1、 「下位」 の読み列を優先2にすると、 次のように配列される。
これを、読みやすいように下位項目語部分を1字下げにして整えて組むと、 最初に紹介した実際の紙面ができる。 使いやすく役に立つ索引とは、 読みやすい索引であり、 読みやすい索引とは、 論理性に裏打ちされた索引である。 論理性に裏打ちされた索引とは、 項目語の階層の違いが明確にと示されたものであり、 索引の組版にはその内実が如実にあらわれる。
〔この項、つづく〕
連載「組版夜話」もくじ
- 第1話 千遍一律なルールという思い込みの罠 2020.7.11
- 第2話 和文組版は“日本語の組版”ではない!? 2020.7.30
- 第3話 小ワザをいくら積み上げても砂上の楼閣 2020.8.11
- 第4話 ベタ組みは和文組版の基礎リズムである 2020.8.30
- 第5話 「原稿どおり」をめぐる混乱 解決の切り札は何か 2020.9.11
- 第6話 ルビ組版を考える(上) 2020.9.30
- 第7話 ルビ組版を考える(下) 2020.10.11
- 第8話 用字系の個々の歴史を無視して斜体を真似る勘違いと思い上がり! 2020.10.30
- 第9話 千鳥足の傍点はどこから来たのか 2020.11.11
- 第10話 段落の始めの字下げ(空白)は文字なのか、空きなのか? 2020.11.30
- 第11話 索引のはなし(上) 2020.12.11
- 第12話 索引のはなし(中) 2020.12.30
- 第13話 索引のはなし(下) 2021.1.11
- 第14話 行間と行送り 2021.1.31
- 第15話 続・行間と行送り 2021.2.11
- 第16話 続々・行間と行送り 2021.2.11
- 第17話 字送りと行長 2021.3.12
- 第18話 URLという難問 2021.4.2
- 第19話 続・URLという難問 2021.4.11
- 第20話 組版の品質を上げるひとつの点検方法 2021.4.29
- 第21話 行末の句読点ぶら下げは,はたして調整を減らす「標準」なのか 2021.5.17
1954年、大阪生まれ。新聞好きの少年だったが、中国の文化大革命での壁新聞の力に感銘を受け、以来、活版―電算写植―DTPと組版一筋に歩んできた。
1992-1993 みえ吉友の会世話人、1996-1998 日本語の文字と組版を考える会世話人、1996-1999 日本規格協会電子文書処理システム標準化調査研究委員会WG2委員。現在、神戸芸術工科大学で組版講義を担当。
汀線社WEB https://teisensha.jimdofree.com/
KDU組版講義 http://www.teisensha.com/KDU/
繙蟠録 http://www.teisensha.com/han/hanhanroku.htm