続・行間と行送り ~連載「組版夜話」第15話~
右のワード (MS Word) による組版例を見ていただきたい。 ルビがあると行と行の間隔が開いてしまう (冒頭行の場合、 行送り方向にズレる)。 行中に異なるサイズの文字が混在しても同様。 こうしたみっともない組み姿がいったいなぜ出現するのか。 原因として考えられる根本的な誤りに、 行送りと行間との区別無き混乱がある。 ワードは行送りという用語を「行の上端 (縦組みでは右端) と次の行の上端 (縦組みでは右端) までの間隔」 と定義している。
一方私の理解している行送りとは 「行の中心線から次の行の中心線までの送り幅」 のことである。 そして行間が 「行と行とのアキ」 である。 文字は矩形であり、 行は、 その文字の連なりであるがゆえに、日本語組版においては幅をもつ帯となる。 その幅をもった帯の中心から中心までの送り量 (=行送り)と、 帯と帯との間隔 (=行間) とは、 まったく別のものなのだ。
左の図 〔自作〕 を見ていただきたい。
文字サイズが13級で行送り23Hの本文は, 行間は10Hである。 この行中で28級の文字が混在された場合、 “行送り23H優先” で折り返していくと、 左右7.5Hずつ出っぱることになる。 次の行にまた同じ28級の文字が混在して隣りあうことになれば、 重なってしまう 〔図 - 中〕。 この回避のひとつのやり方として、 当該部分 (または段落) だけを、行送りでなく “行間10H優先” で組む。 その部分は28級混在行が片方のみの場合は行送り30.5H、 28級文字が隣りあう両方の行にあれば行送り38Hとなる 〔図 - 上〕。
この事例をみれば、 JIS規格の用語定義、 すなわち、 「行間」 は 「隣接する行の最も大きな文字サイズの文字の外枠間の距離」 (X 4051)、 「行の幅」 は 「行中の最も大きな文字サイズの文字の外枠の寸法」 (X 4052) の的確さがよく理解できるだろう。
そして、 和文組版の基本は、 行送り組版である。 文字は一定数で折り返されて行を構成し、 行がまた一定数繰り返されて版面を形作り、 次のページに送られていく。 なお、 ここでいう行の幅にはルビや傍点は勘定に入らない (この点でも、ルビのつく行のみデフォルトで行送りを変更するワードのふるまいは、和文組版の基本から外れている)。
これに対して、 欧文組版を構成する行は、 幅を持たないラインである。 ラインからラインまでの間隔以外の数字は存在しない。 ゆえに、 和文組版では冒頭行だけでなく末行も (途中に中見出しが入ろうとも) 右左に隣りあうページ同士でも、ページの裏表で透かしてみても、 全ての行がぴったり揃うことが求められるが、 欧文組版では、 冒頭行は左右裏表揃うが、 最終行は必ずしもあうとは限らない。 アセンダーラインに版面上端の線を合わせてぶら下げて組むことが多いが、 下端は揃わない。 見出しなども和文のように行取り揃え(3行取りなど)は求められず、行の同期をとる場合はあくまでベースラインが揃うように同調させる。 右図参照〔小泉均編著『タイポグラフィ・ハンドブック』研究社、2012、p.223〕
たとえてみれば和文組版は、 大広間に敷き詰められた座布団である。 座布団とは、すなわち文字を配置する矩形のことである。 同じ大きさの座布団1枚ずつに、 大人も子供も太った人もやせた人も座る。 そして隣り合う座布団の間隔 (字間)、 列と列との間隔 (行間) が、 リズムとなる。 行組版の美しさは、 敷き詰められた座布団が整然と並ぶ美しさである。
一方、 欧文組版は、 スズメが電線にとまった様子にたとえられようか。 大小のスズメが、 脚をかけるライン上に並ぶ。 ラインの上に突きだした部分も下に突きだした部分もまちまち、 並ぶ間隔は必ずしも均等ではない。 美しさはライン同士のリズムにある。 和欧どちらが正しいかではない。 それぞれ習慣が違うのであり、 混同することは許されない。
〔この項、次回につづく〕
連載「組版夜話」もくじ
- 第1話 千遍一律なルールという思い込みの罠 2020.7.11
- 第2話 和文組版は“日本語の組版”ではない!? 2020.7.30
- 第3話 小ワザをいくら積み上げても砂上の楼閣 2020.8.11
- 第4話 ベタ組みは和文組版の基礎リズムである 2020.8.30
- 第5話 「原稿どおり」をめぐる混乱 解決の切り札は何か 2020.9.11
- 第6話 ルビ組版を考える(上) 2020.9.30
- 第7話 ルビ組版を考える(下) 2020.10.11
- 第8話 用字系の個々の歴史を無視して斜体を真似る勘違いと思い上がり! 2020.10.30
- 第9話 千鳥足の傍点はどこから来たのか 2020.11.11
- 第10話 段落の始めの字下げ(空白)は文字なのか、空きなのか? 2020.11.30
- 第11話 索引のはなし(上) 2020.12.11
- 第12話 索引のはなし(中) 2020.12.30
- 第13話 索引のはなし(下) 2021.1.11
- 第14話 行間と行送り 2021.1.31
- 第15話 続・行間と行送り 2021.2.11
- 第16話 続々・行間と行送り 2021.2.11
- 第17話 字送りと行長 2021.3.12
- 第18話 URLという難問 2021.4.2
- 第19話 続・URLという難問 2021.4.11
- 第20話 組版の品質を上げるひとつの点検方法 2021.4.29
- 第21話 行末の句読点ぶら下げは,はたして調整を減らす「標準」なのか 2021.5.17
1954年、大阪生まれ。新聞好きの少年だったが、中国の文化大革命での壁新聞の力に感銘を受け、以来、活版―電算写植―DTPと組版一筋に歩んできた。
1992-1993 みえ吉友の会世話人、1996-1998 日本語の文字と組版を考える会世話人、1996-1999 日本規格協会電子文書処理システム標準化調査研究委員会WG2委員。現在、神戸芸術工科大学で組版講義を担当。
汀線社WEB https://teisensha.jimdofree.com/
KDU組版講義 http://www.teisensha.com/KDU/
繙蟠録 http://www.teisensha.com/han/hanhanroku.htm