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行末の句読点ぶら下げは,はたして調整を減らす「標準」なのか ~連載「組版夜話」第21話~                                      

連載「組版夜話」第21話
組版者
MAEDA, Toshiaki
前田年昭

組版の質を上げるためのチェック方法として, 前回, 10字ごとに行をわたる罫線を引くことを紹介した。 今回はさらに重要なもうひとつの方法をお伝えしたい。 それは行末のラインを引くことである。 行末のラインは, 文字の並びの全角リズムを乱す諸要因, すなわち, 行頭や行末の禁則処理, 複数の約物が連続する多重約物, 和欧混植, 1字孤立の回避などを浮かび上がらせる。 不揃いの主因である半角約物の扱い方次第で, 行末のラインを揃えることができる。 かつての組版言語SAPCOLのロジックが優れていたのは, 半角約物の体裁を, 行頭/行中/行末という場面ごとに区別して, 「全角固定」「半角固定」「全角または半角」「半角から全角のあいだで調整」の4択としたこと, だった。 とりわけ, 「標準」 で行末を「全角または半角」としたことは, SAPCOLが活版以来の歴史の総括である証しであり, 功績のひとつである。 これによって無理なく行末のラインを揃えることができたのである。


図1

活版期には, 調整を減らす技法として行末句読点のぶら下げがあった (図1, 宇井伯壽 『日本佛教概史』 岩波書店, 1951)。 やがて組版は, カンやコツに頼る手仕事からコンピュータによる処理に変わった(電算写植)。 行末を揃えるための行中での調整は, 手で数カ所に四分などのコミを入れることから, 行全体での自動調整へと変化した。 活版期に調整箇所を減らすための方便だった行末のぶら下げは, 本来のオプションに戻ったのである。

ところがいま, インデザインでは 「ぶら下げ」 の選択は 「なし」 「標準」 「強制」 の3択となり, あたかもぶら下げありが 「標準」 であるかのような扱いになっている。 組版言語SAPCOLは, 「行頭や行末の禁則, 複数の約物が連続する多重約物」 を整理して行末を揃えるためのポイントを, 半角約物の設定にしぼり, 3場面別に4とおりに区分けしたのである。 基本がシンプルだったから, 事後の手動調整は, もっぱら 「和欧混植によるパラツキ」 や 「1字孤立の回避」 を残すだけとなる。 ぶら下げの有無は中心ではない。 インデザインによるぶら下げの 「標準」 化は, コンピュータ処理で可能になった行中調整を過大に用いる行き過ぎだった。 本来調整を減らすためのオプションだったぶら下げを重用するあまり, 新たな調整増をもたらす「強制」ぶら下げをメニュー化するにいたっては, 本末転倒である。 この行き過ぎの結果, 最近は, 和文組版本来の格子状の風姿がたいへん乱れてきている。

和文組版の基本は正方形の座布団が敷き並べられた姿であり, 単位は二分の一, 四分の一……なのである。 ところが多重約物だけでなく, 和欧混植がこの, 半分, 半分の半分……というリズムを壊す。 壊されたリズムを元に戻す方法のひとつが, 行末の半角約物の 「全角または半角」 という設定だった。 行末の半角約物を 「全角」 か 「半角」 かの2種類に整理したとき, その行の改行位置は揃う。 行末ラインは, 凸凹なしか, 見かけ半角の差か, どちらかになって揃う (全角でもない半角でもない中間値にはしないことがポイント)。 SAPCOLではこれがデフォルトであり, ぶら下げありは, あくまでオプションだったし, まして強制ぶら下げはメニューにはなかった。

図2 図3

図4  図5

言葉とはおそろしいもので, 「なし」「標準」「強制」 の3択だと「標準」がよいように錯覚してしまう。 しかし, 組版を設計する際の実際の選択の分かれ目は, 始めにぶら下げの「なし」か「あり」かであり, その次に「あり」のなかでの2択「強制なし」「強制あり」である。 句読点の 「ぶら下げ」 は, 活版期の, しかも縦組み書籍という限られた場において選択的に用いられた方法である。 ぶら下げ有無の選択は, 歴史的に, 長所と欠点(後述)の両者をはかりにかけた, 組版者による総合的判断にゆだねられてきた。 調整を減らすためにぶら下げありを選択したつもりでも, 別の調整が必要になってくる場合が少なくない。 たとえば, 行末の句読点に最大全角1文字分の落差のある凸凹が隣りあったり (図2, 木村大治 『括弧の意味論』 NTT出版,2011年), 行末に同じ約物が3行以上連続したり (図3, 矢吹晋編訳 『天安門事件の真相 下巻』 蒼蒼社, 1990年) する場合である。 これは, 欧文組版での行末ハイフネーションの3連続と同様に, 回避する必要がある。 また段組では, ぶら下げは段間の風通しを妨げる (図4, 須田努 『イコンの崩壊まで 「戦後歴史学」 と運動史研究』 青木書店, 2008年)。 段間に風を通すためにはぶら下げナシがよいだろう (図5, 『上野英信展図録』 福岡市文学館, 2017年)。 和文組版の箱組の姿を維持するためには, ぶら下げを 「標準」 とすることは決定打にならず, それは副次的な要素なのである。 ぶら下げを 「標準」 とする錯覚が, 段間に風を通さなければならない段組や, まして横組みにまでぶら下げを乱用する事態を生み出しているように思う。

ぶら下げの功罪はとりまく条件から動的に判断すべきで, 一律に決められない。 ぶら下げには,調整を減らすことができるという「功」と, 行末の凸凹を増やすという「罪」がある。 調整を減らすことはとくに行長が短めの場合には助かる。 調整とは, ぶら下げる句読点を直前の文字とともに追い出すわけで, 当該行が1文字減るわけだ。 1文字減れば文字と文字の間は開き, 行長が短いときほど目立つ。 行長が1行30字以上の場合は目立たない。 1行25字未満となると目立つ。 だから短行長の場合はぶら下げは確かに調整の助けになる。 一方, 行長に余裕があればぶら下げなしで追い出し調整しても調整は目立たないので, 行末の凸凹という「罪」を減らす方を, 私は優先して選択する。

要は, 1行の文字定員に対する増減は, どのぐらいの範囲を目ざすのか, ということだ。 私の場合は, 1行30字を超えて40字前後のベタ組みに対して, 「プラス0.5字, マイナス1字」を目ざしている。 たとえば, 1行42字ヅメの場合なら, 41字から42.5字を目指す。 42.5字を超えれば詰めすぎであり, 41字に満たなければパラパラで格好が悪い, と判断する。

行末の半角約物は「全角または半角」とする。 ぶら下げという副次的要素ではなく, ここに行末を揃えるポイントがあり, 箱組を維持するための和文組版の《標準》がある。

既報のとおり, 「組版夜話」 は, クリエイターズアイでの掲載を今回で終了する。 次回 (5月31日) は, 汀線社ウェブページに掲載予定である。 引き続き読んでいただければうれしい。

 連載「組版夜話」もくじ

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