劇場で守るべきことは? 推しもあなたも幸せになるために

東京
エンタメ批評家・インタビュアー・ライター・MC
これだから演劇鑑賞はやめられない
阪 清和

劇場。それは魅惑的な響きを持つが、あまり訪れたことがない人にとっては、知らないことだらけの魔境のような場所でもある。でもどんどんこの場所に来てみてほしい。キャストやスタッフは常に最高の出来栄えを目指しているし、劇場だって、お客さまに「最高の体験」をしてもらおうと努力を続けている。ただ許されていることと禁じられていることがいくつかあるだけだ。

守るべきルールとは言っても、いまさら「携帯電話はパイブにせずに電源から切ってね」などと初歩的なことを言うつもりはない。ここ数年、コロナ禍や演劇を取り巻く環境の変化で、注目されているルールやマナーが出てきており、禁止要請を強化しているケースもある。

劇場に行って、舞台のあるホールに入ると、まず目に入るのが舞台上の美術セットや装置だ。最近は幕を下ろさず、観客の想像力を掻き立てるため開演前から美術を見せている作品が多くなっている傾向がある。

我慢できなくなったのか、この美術をカメラに収めようと、スマホを向けている観客が多いことが問題になっている。この風景を家に持って帰りたい、暇な時に眺めたいという気持ちのほか、推しの俳優が活躍している場所を永遠に残したいという気持ちからか、かなり遠慮なく撮影しまくっている。開場から開演までの時間は劇場の係員とこうした観客との戦いが繰り広げられている。何度注意されても、目を盗んで撮影にトライする者までいる。

しかし、はっきり言っておこう。舞台上の美術や構造物は「権利」の塊だ。契約によっても違うが、それは舞台美術家の権利であり、主催者、製作(製作)者の権利でもある。

単にクリエイターの権利を侵害するだけではない、回り回って推しの俳優にまで迷惑を掛ける。撮った写真をSNSにアップするなんてもってのほかだ。

同じことはチケットの転売問題にも言える。個人的に高い値段で売っている場合もあれば、プロ集団が商売としてやっている場合もある。これに対しては2019年6月14日に「特定興行入場券の不正転売の禁止等による興行入場券の適正な流通の確保に関する法律」(通称「チケット不正転売禁止法」)が施行され、一定の規制がかけられるようになった。

興行主の同意を受けた転売が可能な公式のリセール(再販売)サイトで、購入した定価で転売できるシステムも整備され、病気や仕事で急に行けなくなった場合に販売できる安心も生まれた。 それでも高額転売はなくなっていない。売る人がいて買う人がいる、そしてそれを仲介するシステムはどんどん高度化する。

興行側も劇場も対策に乗り出しており、本人確認を強化したり、転売と分かった場合に入場を許可しないなどのケースも増えたりしている。

それでも買ったり売ったりしまっている人は、推しを推すつもりが逆の行為になっていることを自覚しよう。

劇場で意外と知られていないのが、観劇中に帽子をかぶっていてはいけないということ。真後ろの人にとっては直接的な障害物になるし、離れた人にも異物として映る。帽子の上にデコレーションしたファッション性のある帽子はもちろんのこと、前にひさしがついている野球帽でも観劇中にはひさしが上方に出ることがあって邪魔になるもの。ヒップホップ系の男性のコーデで多いすっぽりと密着させてかぶり込むニットなどの帽子をかぶっている人にも注意する劇場もある。お団子ヘアも議論の的になることがある。「これは私の人格の一部だ」とか「ファッションを否定するのか」などと観客が劇場係員に論争を仕掛けているケースもよく見掛けるが、申し訳ないが、帽子をかぶってはいけないというのは「世界の常識」だ。戦国武将のかぶとのような帽子をかぶっている西洋の貴族やセレブの淑女に対しても長い歴史の中で厳しく対処してきた世界の演劇界が創り上げてきたルールだ。

これに対して、「前掲姿勢の禁止」というのは比較的新しいルール。観劇中に前のめりになって見てはいけないの?と疑問に思うかもしれないが、実は前の座席の観客が前掲姿勢になると、後ろの観客の可視域が遮られてしまうのだ。舞台を見やすくするために採用されている劇場の傾斜も、前掲姿勢によって見にくくなってしまう。座席の背もたれに深くもたれて見ることが推奨されている。ここ数年、各劇場はこの呼び掛けに力を入れており、数年前には、九州の大きな劇場のひとつが、「なぜ前掲姿勢はダメなのか」についてわざわざ実験動画まで作成して演劇ファンに呼び掛け、大きな反響があった。舞台に夢中になって思わず前のめりになってしまうことはあるだろう。しかしそこはぐっと我慢して、心の中で盛り上がってほしい。

そして新型コロナウイルスで公演が中止されることがほとんどなくなった今でもまだその影響が残っている劇場もあるのが、「規制退場」だ。観客が客席を立って出口へと向かう時に集中しすぎて「密」になることを防ぐため、ブロックごとにあるいは列ごとに劇場側の指示に従って順番に退場するシステムだ。コロナ禍の時は感染の恐怖もあって従っていた観客たちも、不満を漏らすことが多くなってきていたが、劇場もまた一つの社会であり、その社会の安全を維持するために協力し合おうという意識の高まりから、最近では粛々と従っていることが多い。密の防止からエレベーターや階段の混雑防止などへとその規制の理由は変わってきているが、劇場がそのシステムを採用している限りは不必要にいらだたないようにしよう。

お客さま、特に女性へのきめ細やかなサービスとして、ブランケットの無料貸し出しをしていた劇場もあったが、これはコロナ禍の早い時期に中止になり、いまだに復活していない。冷え性の方にはありがたいサービスだったが、自分自身で対策できることであり、しかたがないだろう。入場時の体温チェックやマスクの着用は絶対条件だったが、今はそうした規制はない。ただし、マスク着用は今も「推奨」されている。できれば観劇中だけでもつけていてほしいのだ。

コロナは「第5類」に分類されるようになって、まるで撲滅されたかのように思っている人もいるが、まだ感染は連綿として続いており、決してゼロにはなっていない。油断や過信こそが最大の敵だ。

演劇は、キャストやスタッフだけでなく、お客さまがいて初めて成立する。互いの協力や信頼がなくては、劇場は維持していけない。今こそ、そのことを何よりも大切にするべきだ。

推しもあなたも幸せになるために。

プロフィール
エンタメ批評家・インタビュアー・ライター・MC
阪 清和
共同通信社で記者として従事した31年間のうち約18年は文化部でエンタメ各分野を幅広く担当。2014年にエンタメ批評家・インタビュアー、ライターとして独立し、ウェブ・雑誌・パンフレット・ガイドブック・広告媒体・新聞・テレビ・ラジオなどで映画・演劇・ドラマ・音楽・漫画・アート・旅・メディア戦略・広報戦略に関する批評・インタビュー・ニュース・コラム・解説などを執筆中です。雑誌・新聞などの出版物でのコメンタリーや、ミュージカルなどエンタメ全般に関するテレビなどでのコメント出演、パンフ編集、大手メディアの番組データベース構築支援、公式ガイドブック編集、メディア向けリリース執筆、イベント司会、作品審査(ミュージカル・ベストテン)・優秀作品選出も手掛け、一般企業のプレスリリース執筆や顧客インタビュー、メディア戦略・広報戦略コンサルティングや文章コンサルティングも。元日本レコード大賞審査員、元上方漫才大賞審査員。活動拠点は東京・代官山。Facebookページはフォロワー1万人。noteでは「先週最も多く読まれた記事」に26回、「先月最も多く読まれた記事」に5回選出。ほぼ毎日数回更新のブログはこちら(http://blog.livedoor.jp/andyhouse777/)。noteの専用ページ「阪 清和 note」は(https://note.com/sevenhearts)

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