古関裕而作曲「イヨマンテの夜」の功罪

北海道
フリーライター
youichi tsunoda
角田陽一

古関裕而の曲は
昭和史の縮図

応援歌に軍歌、そして情感豊かな歌謡曲まで巧みに創造する昭和の大作曲家・古関裕而
2020年のNHK朝の連続テレビ小説「エール」は
そんな古関の生涯を彼の名曲と共に描く。

 若き魂を鼓舞する、早稲田大学応援歌「紺碧の空
夜の街に静かに染み渡る流行歌「船頭可愛や

昭和モダンの和やかな世相が戦争の足音に覆い隠されるや
露営の歌」で前線の兵士に寄り添い
少年兵を戦場へ駆り立てる「若鷲の歌」を
作曲する。

 現代的な観点からは「戦争に加担した」「節操がない」とも受けとられかねない
だが時代に寄り添うのが信条であるところの作曲家ゆえの宿命なのだろう。

 敗戦、そして復興の時代。
長崎の鐘」で被爆を悼み復興を誓い
鐘の鳴る丘」で戦災孤児に夢を与える。
彼の曲目は、まさに昭和史の縮図であった。

 昭和24年のヒット曲
イヨマンテの夜

さて世相も多少は落ち着いた昭和24
古関はひとつの歌謡曲の作曲に携わった。

 イヨマンテの夜
作詞・菊田一夫
作曲・古関裕而
歌・伊藤久男

 古関が自家薬籠中とする情熱的な旋律
歌を担当する伊藤の圧倒的な声量
アイヌ民族の伝統儀礼をモチーフにした当作品は、
なにより「異国的な歌詞」が「内地の人々」に受け大ヒット。

以降、相当後々までNHKの「のど自慢」では声量自慢の男性らがこの歌を持ち歌とした
迷惑したのは審査員だった。
同じ歌を同じ番組内で誰かれかまわず歌われては、
文字通り甲乙のつけようがないからだ。

 誤解だらけの
「イヨマンテの夜」

しかし「イオマンテの夜」は
ある意味で残念な曲でもある。
アイヌ文化に対する相当な誤解が、
歌詞に散見されるからだ。

まずイオマンテの儀式は夜間に行わない。
普通、昼間に行う

式次第が夜間に伸びたとしても、
大きなかがり火は焚かない。
スネニ(樺皮松明)をささやかに灯すくらいだ。

 アイヌ音楽にアフリカの「タムタム」のような掌で打つ太鼓は存在しない。
アイヌの太鼓「カチョ」は撥で打つものである。
それも踊りの伴奏には用いず、トゥスクㇽ(巫術師)が神を降ろす際に用いるものだ。

 そもそも歌詞の語句選び。
実際にイオマンテを見学したと思えない作詞者は
イオマンテにどのようなイメージを
抱いていたのだろうか。

西洋、南米のカーニバルのようなイメージ、煮えくりかえる混沌&狂喜乱舞の巷
あるいは「常陸国風土記」にも描かれた
古代の歌垣性の解放の世界を投影したのではなかろうか。

 本当のイオマンテは
厳粛な神事

イオマンテは厳粛な神事である
肉と毛皮の土産を携え神の国から来訪する熊の神
人間界の楽しさ」を堪能していただき、その上で肉体と魂を分離する。

「肉と毛皮の土産物」をありがたく受け取り、熊の魂を神の国へと送り返す。

そして、熊の神が今後も肉の毛皮の土産を携え、
人間界を再訪してくださることを願う。

 もともとアイヌ社会は、性のタブーに厳しい
熊狩りは単なるハンティングではない。
肉と毛皮の土産物を携え人間界を訪れる神様を迎える、神聖な儀式だ。
狩りの計画を立て、そして成功に至るまでは厳重な「もの忌み」が守られる。

ましてや熊神様に人間界の楽しみを堪能していただく
お・も・て・な・し」の神事の中
コタンのおきて破りの如きふしだらな男女関係に至れば、
一生にかかわる制裁を受けかねない

 以下の動画は、北海道南西部・今は「ウポポイ」のある白老地方に伝わる
イオマンテの踊りを舞台芸能化したもの

男女が組む円陣の中には、本来は熊の神がいる。
人間からの土産である花矢を射かけられたのち、
人間に肉と毛皮の土産を残す。

イオマンテの踊りは静かで厳粛なものである

 

歌そのものは大ヒットした。

しかし当のアイヌ民族、
あるいは研究者から見ればいかなるものだろうか。

 欧米人の歌手が「ゲイシャ」との恋愛を
情感たっぷりに歌いあげてる、
そんな感じではなかろうか。

 もっとも、これは古関のミスではない。

歌の命は、やはり歌詞。

作詞者が、そして当時の和人社会がアイヌの信仰を十分に理解しきれていなかったのが、
そして「内地」の人間が北海道に対して過度のエキゾチズムを抱いていたのも一因だろう。

 「北海道に行くにはパスポートが必要」。
そんな冗談が大真面目に信じられてしまう。そんな昭和後期。

青函トンネルが通じ
新幹線もつながった平成令和の今ですら
信じられるのだから

 

 

 

 

プロフィール
フリーライター
角田陽一
北海道生まれ。2004年よりフリーライター。アウトドア、グルメ、北海道の歴史文化を中心に執筆中。著書に『図解アイヌ』(新紀元社 2018年)。執筆協力に『1時間でわかるアイヌの文化と歴史』(宝島社 2019年)、『アイヌの真実』(ベストセラーズ 2020年)など。

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