ソーダ村村長変死事件 ソーダで人は死ぬのか?

横浜市
フリーライター
youichi tsunoda
角田陽一

懐かしい言葉遊び
「ソーダ村の村長さん」

団塊ジュニアより上の年代ならば一度は耳に、そして口にしたであろう戯れ歌

 そーだー そーだー そーだー村の 村長さんがー 
ソーダ飲んで 死んだーそーだー

 村長さんが「ソーダ」を飲んで死ぬ。
末尾は地方によって多少の差異がある。

筆者の故郷である北海道道央部では

 葬式饅頭くれないそーだー

 一方、ネットで検索した情報によれば、鳥取県米子市では

 葬式饅頭 餡がなかったそーだー

 あるいは

 葬式饅頭 うまかったそーだー

 などと歌われていたという。

 葬式饅頭大きいそーだー 中のあんこが酸っぱいそーだー

 との歌詞を以前、耳にしたこともある。

「そーだー」の語を「ソーダー」と「伝聞、推量」にかけた言葉遊び。たわいのない歌詞は懐かしい思い出だ。

 「ソーダー」を飲んで人が死ぬ?
ソーダ―水ではない?

だが、ここで大きな疑問
ソーダで人が死ぬものだろうか。
ソーダと言われて、まずイメージするのは「ソーダ水」。それも昭和の純喫茶で提供されるようなソーダ水
先のとんがった円錐形のグラスにシャワシャワと注げば、キューブアイスの間から気泡が立ち上る。ブルーかグリーンの液体にアイスをトッピングすればクリームソーダー。赤と白のダンダラ模様のストローを差し込こんでズーッと吸い込めば、喉の奥から香る清涼感!そんな「ナウなヤングの青春の味」で人が死ぬものだろうか。

まさか村長さんは流行に疎く、初めて目にし口にした「青春の味」でショック死したとも思えないが…

 そう、村長さんが飲んだのは「ソーダ水」ではないのだ。

 農村の生活必需品
2種類のソーダ

そもそも、ソーダとはどういう意味だろうか
科学的に言えば、ソーダとは金属元素の「ナトリウム」のこと。
さてナトリウムは単体としては自然界に存在できないため、様々な物質と化合する。その一例が小中学校の理科の時間に、実験に用いた「炭酸水素ナトリウム」別名「重炭酸ソーダ」。ソーダに当て字の「曹達」を当てて略した語「重曹」のほうが、よりなじみ深いだろう。

 重曹は、加熱すれば炭酸ナトリウム、二酸化炭素、水に分解する。だから小麦粉と水に重曹を加えて捏ね上げ、蒸篭やフライパン、オーブンにしかけて加熱すれば内部で二酸化炭素が発生し、スポンジ状の気泡で満たされる。結果、まんじゅうやホットケーキ、パンとしてフックラ仕上がる。いわゆる「ふくらし粉」の作用だ。この方法で焼いたパンを、英語ではソーダブレッドと呼ぶ。あるいは重曹はクエン酸と共に水に溶かせば二酸化炭素を発生させ、気体が溶け込んだ水が生まれる。そう、これこそが「ソーダ水」の大元だ。

 ならば村長さんは重曹を飲んで死んでしまったのだろうか。

しかし前述のとおり重炭酸ソーダ、重曹は食品にも添加できる割合に安全な物質である。大正から昭和初期にかけての日本各地の食生活を詳細に記した農文協の名著『日本の食生活全集』にも、小麦粉に砂糖、さらに「ソーダ」を加えて練った生地を鉄板で焼くか蒸篭で蒸した「菓子」が頻繁に登場する。『宮崎の食事』によれば、当地・宮崎県ではこの食品を「ソーダだご」(ソーダ団子)と呼び、子どもに人気のおやつであったという。

 だが、当時の農山村にはまったく別種の「ソーダ」が存在していたのだ。これこそが、問題のソーダである。
それは「炭酸ソーダ」。

重曹、重炭酸ソーダから「重」の文字を引いただけ、と思われるだろう。科学的に言えば、重炭酸ソーダが加熱されて水と二酸化炭素を発生させた末に残る物質だ。炭酸ソーダは、油を分解する性質がある。そのため「洗濯ソーダ」として、汚れ物の水洗いに石鹸同様、広く用いられていた。また炭酸ソーダの性質はアルカリ性なので、石灰や木の灰同様に「こんにゃくの凝固剤」にもなる。実際、先に記した「日本の食生活全集」においても、茹でたコンニャクイモに「ソーダ」を加え、こんにゃくを作るさまが記されている。

 戦前の日本の農山村には、「ふくらし粉」としての重炭酸ソーダ、「洗濯ソーダ・凝固剤」としての炭酸ソーダが併存していたのだ。

 さて炭酸ソーダには、もう一つの性質がある。

それは、余分な水分を吸収する性質だ。古代エジプトにおいては干上がった湖底から採集した天然の炭酸ソーダ「ナトロン」に貴人の遺体を漬け込んで水分を抜き取り、いわゆるミイラを作成した。ナトロン効果、そして当地の乾燥した気候も相まって、5千年前の王の生きざまを今に伝える。

2種類のソーダ
性質を知り抜いた教育的な歌詞?

だが…そのような水分除去作用のあるアルカリ性物質、そして脂分を分解する性質のあるものを、生きた人間が大量に摂取したらいかなる結果を招くだろうか。

 消化管内の水分を吸い取られ、脂肪分を分解され
七転八倒の苦しみの末に

 ソーダ飲んで 死んだそーだ

 となったであろう。

 そして、会葬者に配られた葬式饅頭がイーストや酒種の発酵生地ではなく「ふくらし粉」…重炭酸ソーダで膨らませた饅頭だったとしたら…
それぞれの物質の性質を的確に表現した、化学教育的ソングというべきか
ブラックな歌詞というべきか。 

 

プロフィール
フリーライター
角田陽一
北海道生まれ。2004年よりフリーライター。アウトドア、グルメ、北海道の歴史文化を中心に執筆中。著書に『図解アイヌ』(新紀元社 2018年)。執筆協力に『1時間でわかるアイヌの文化と歴史』(宝島社 2019年)、『アイヌの真実』(ベストセラーズ 2020年)など。

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