小説「眼を開く」から、配達員の苦労を読み解く
令和3年初頭
太平洋沿岸地方は異常乾燥ながら、「国境のトンネル」を超えた先は豪雪地帯
背丈を優に超える積雪は、はた目には美しい。
だが植生も道も雪に埋められる。
1立方メートルで500㎏はある雪塊に覆い尽くされた屋根は軋む。
雪かきに雪下ろしを怠れば、いずれ倒壊は免れない。
そのさなかで生きる人々の苦労たるや…
雪景色は、遠くの火事のようなものだ
はた目には美しいかもしれない。
だが当事者には堪ったものではない。
そんな折に思い出すのが、
昭和初期のミステリー作家・夢野久作の「眼を開く」だ。
とある小説家が、創作に没頭できる環境を求めて山中の山小屋に籠る。
だが彼は山籠もりを標榜しながらも下界の情報に飢え、麓の村の郵便局に
「新聞と手紙は毎日届ける」よう言いつける。
山中の山荘。
麓から往復8里(約24㎞)。
ましてや豪雪地帯の雪道。
そんな悪路をついて郵便配達夫は愚直にも毎日毎日、新聞や郵便物を届けに来る。
制作に没頭する主人公は、そんな配達人の苦労に頭が回らない。感謝もしない。
挙句は配達人の愚直ぶりを一種の「偏執狂」ではないかと称するのだ。
そんなある日、主人公は配達人がトラホーム(流行性の眼病)にかかっていることに気が付く。
だが彼は配達人をいたわるでもなく、その眼病が自身に罹患することを恐れ、町に住む妻あてに手紙を書く。
「今の俺の仕事場に一人の郵便配達手が来る。その郵便配達手君はトラホームにかかっていて、けんのんで仕様がない。そのトラホームをイジクリまわした手で、又イジクリまわした郵便物から、俺の眼にトラホームが伝染しそうで怖くて仕様がない。小説書きが眼を奪われたら、運の尽きと思うから、手を消毒する石炭酸と、点眼薬と、黒い雪眼鏡を万田先生から貰って、念入りに包んで送ってくれ。黒い眼鏡はむろん郵便配達手君に遣るのだ。あの郵便配達手君が来なくなったら、俺と社会とは全くの絶縁で、地の底に居る虫が呼吸している土の穴を塞がれたようなものだ。俺は精神的に呼吸することが出来なくなるのだからね。その郵便配達手君は、背が高くて人相が悪いが、トテモ正直な、好ましい性格の男らしい。郵便屋だって眼が潰れたら飯の喰い上げになるのだから気の毒でしようがない。云々…………」
こんな、とても本人には見せられない手紙を配達人に託す。
やがて村は猛吹雪に襲われ、悲劇が訪れる…
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同様なことは、コロナの令和にも頻発しているのではなかろうか。
家にこもる生活ながら、買い物をしたい。美味い物を食いたい。
台風でも大雪でも、美味いものが食いたい。
結果、配達員が苦労する。
現場の悲痛な声をまとめたリンクもあるので、ぜひ検索して熟考していただきたい。