「カニツンツン」ってどういう意味?
奇妙な絵本
カニツンツン
西暦1997年
児童書専門の出版社・福音館書店より、1冊の絵本が出版された。
題して
「カニ ツンツン」
蟹らしき赤い物体が描かれた表紙
ページを開けば、
表紙にも載せられた「蟹?」がデン!と鎮座
「カニツンツン ピイツンツン」
「カニチャララ ピイチャララ」
現代日本人の目と耳には意味不明?な言葉
以降、ページをめくれば
抽象画的なモヤモヤとした、それでいてかわいい?イラスト
モンキー ドンキー スモーキー ミルウォーキー
スマッシュ スラッシュ ブラッシュ ウォッシュ
それぞれは意味のある言葉。
だが組み合あわせれば意味不明な言葉
それでいて語呂の良い言葉
そんな言葉にイラストに、例の蟹?が
「ツンツン」と合いの手を入れる。
ラストに至りカニツンツンの蟹は増殖し、
巨大化することで終焉へと至る。
2002年に放送された謎の「みんなのうた」であるところの
「テトペッテンソン」にも通じる前衛性。
意味があって、意味がない
言葉に出せば面白い
そんなわけで、出版以来20数年、
ことばを覚え始めのお子さんへの「読み聞かせ用絵本」として根強い人気があるという。
元はアイヌ語の
カニツンツン
さて「カニツンツン」。
いかなる意味が込められた言葉だろうか。
一応、本の末尾には、文中で紹介された
言葉の一覧とともに簡単な説明がある。
「カニツンツン」については
「アイヌの人が聞き取った鳥の鳴き声」との表記。
つまり「オノマトペ」(擬声語)ということだ。
しかしカニツンツン
そんなありきたりの説明でハイソーデスカと判り切れるような問題でもない
初版本が出版されて20数年
時は流れ、今やマンガ「ゴールデンカムイ」が大人気
アイヌ文化への造詣が深まるなかで
漫画の物語世界はクライマックス。
主要キャラであるイケ爺さまの土方歳三
その若き日のイケメン姿を拝めた今、2021年
だからこそ、その意味を突き詰めようではないか。
漫画ゴールデンカムイに載る
カニツンツンのヒント
ここで絵本「カニツンツン」からいったん離れ、
「ゴールデンカムイ」に移りたい。
21巻の205話
金塊の在処を探り樺太に渡ったアシㇼパ一行は、
林の中で「シネマトグラフ」なる物を操る男たちに出会う。
当時最新鋭の技術だったシネマトグラフ。
シネマ…つまり映画のことだ。
今や和人の北海道開拓により、岐路に立たされるアイヌ文化
変革期の今、自分たちアイヌの文化を動く画像で伝えたい…
そう直感したアシㇼパが撮影機を借り受けて撮影したものは、
アイヌの昔話「パナンペ・ペナンぺ物語」である。
「パナンペ・ペナンぺ物語」
パナンペは「川下の者」、ペナンぺは「川上の者」をそれぞれ意味する。
ストーリーは大同小異、パナンペが奇抜な方法で富を授かり、ペナンぺは真似て大失敗。
日本本土の昔話「花咲か爺さん」「瘤取り爺さん」「おむすびころりん」と似たようなものだ。
出演
ペナンぺ:白石
ペナンぺの妻:月島
パナンペ:杉元
パナンペの妻:鯉登
黒メガネをかけたアシㇼパ監督の下、同行の仲間によって演じられる寸劇は、
男性器を用いて富を授かり、あるいは大失敗してつまらない死に方をする
教育上よろしくないストーリー
案ずるに、当場面の参考文献は『アイヌ民譚集』だろう。
あの「ラッコ鍋」のネタ元としても有名な新書。
男性器で魚釣りしたり、松前城下の奥方の着物をかっさらう前記の逸話は、
もちろんこの本に載せられている。
掲載される一連のパナンペ・ペナンぺ話の冒頭で紹介されるのは
「パナンペ放屁譚」なる物語だ。
以下、内容要約
パナンペが山中でうっかり小鳥を飲み込んでしまった。
それ以来、『きれいな音』の屁が出るようになり大評判
お殿様の前で演じ、褒美をもらった
話を聞いたペナンぺはひどく妬み、
「悪いパナンペ、にくいパナンペ!
俺を出し抜きやがって!」
と罵るや、嫌がらせでパナンぺ宅の戸口に大小便をしかけていった
さてペナンぺは同じように小鳥を飲み込んだ
屁が評判になり、殿様にお呼ばれした。
だがペナンぺは
『たくさん食べて大きな屁を放ったら、
もっとたくさん褒美を下されるだろう』と
皮算用、ご馳走を食いに食いまくった
おかげで腹を壊し、いざ屁を放てば臭い屁と糞が出るわ出るわ。
結局、殿様に罰せられ、財産もなくしてつまらない死に方をした。
だから人を羨んで真似なんかするもんでない
ちなみに、嫌がらせで戸口に大小便仕掛ける場面、
アイヌ語の語りでは
ポン オソマポ キテㇰ
ポン オクイマポ キテㇰ
そう、ゴールデンカムイの定番ネタ「オソマ」である。
「オクイマ」は小便、尿の意。
語尾の「ポ」は小さい、の意。
いくら根性曲がりのペナンぺでも大量の大小便を放つに忍びず、
少量で「許してやる?」くらいのエチケットは有していたのだろうか
金属音と川のせせらぎ
耳に心地よい鳴き声
脱線が過ぎた。
今回の議題の主題である
カニツンツン ピイツンツン
カニチャララ ピイチャララ
先に紹介した話で、パナンペがうっかり飲み込んだ鳥の鳴き声
そして、鳥を飲み込んだのちにパナンペが放る屁の音である。
アイヌ語のオノマトペ(擬声語)で、熊の唸り声は「ウェー」、
キツネの鳴き声はコンコンではなく「パウパウ」、
カッコウ鳥はそのまま「カッコー」、
ウグイスは「ホーポケッチョ」
では「カニツンツン~」と鳴く鳥はなに鳥だろうか。
北海道に生息する実在の鳥だろうか
答えは無い
現実には存在しない、想像上の鳥である。
この鳴き声を分解して解説してみよう。
カニツンツン ピイツンツン
カニチャララ ピイチャララ
まず「カニ」は蟹ではなく、アイヌ語で「鉄、金属」を意味する言葉。
和語の「かね」が起源である。
「ツンツン」(もとの語りに近い表記では「トゥントゥン」)は、「金属音」。
「チリンチリン」「チーン」「ジャーン」あたりの音声を表す擬声語だ。
「ピイ」は、鳥がピイピイ鳴く、そのままの声の形容。
そして「チャララ」は、川の軽快なせせらぎの音。
軽快な水音は地名にもなる。
室蘭市の茶良津内(ちゃらつない)、知床半島のチャラッセナイ、
釧路町の分遺瀬(わかちゃらせ)、余市町のチャラツナイ…
いずれもアイヌ語の「チャラチャラ音をさせる川」
「水がチャラチャラ音をさせる」が起源だ
カニツンツン ピイツンツン
カニチャララ ピイチャララ
華やかな金属音に小川のせせらぎ
耳に快い音素をすべてまとめ上げた、美しい鳴き声。
そんな声で鳴くのは、想像上の美しい鳥だろう。
想像上の鳥だから、うっかり飲み込んでも生き続ける
屁がきれいな音になる。
アイヌの音感と世界観が込められた、
意味深長なオノマトペなのであーる
余談だが、カニ、蟹はアイヌ語でアㇺシペ(爪ある物)
海の毛ガニやタラバガニはアㇺパヤヤ。
川のザリガニは、テクンペコㇿ・カムイ(手袋持つ神)
女性が出産するおり、難産であれば周囲の者がザリガニの神に安産祈願する。
「挟んで引き出してください」との意味だとか。
※参考文献
『アイヌ民譚集 付、えぞおばけ列伝』知里真志保 岩波文庫 1981年
『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』中川裕 集英社新書 2019年
『コタン生物記Ⅱ 野獣・海獣・魚族篇』更科源蔵 法政大学出版局 1976年
『北海道の地名』山田秀三 北海道新聞社 1984年