ゴールデンカムイの謎 その17 カワウソの脳みそを食べると?
アイヌ伝承では
カワウソは「頭が弱い」
ゴールデンカムイ2巻第14話
アシㇼパの村に滞在する杉元の前に、いきなりカワウソが差し出される。
前回の逸話に登場するアマッポ(仕掛け弓)に掛かった獲物としてのカワウソ。
アシㇼパのセリフは決まっている
「さぁ食べよう!」
カワウソ
アイヌ語ではエサマン
アイヌの伝承では、何故か物忘れがひどい生き物とされている。
だからイオマンテ(熊送り)など、大切な儀式の折にカワウソの話題を持ち出すのはタブー。
カワウソの物忘れが移って、大切な式次第を間違えたら大変だからだ。
普段の折でも、カワウソ肉を食べる際は、持ち物の置き場所をかならずチェックした上で口に運ぶ。それでも食べ終わった後に改めて持ち物検査をすれば、必ず何か忘れているという。
そんなカワウソの物忘れは、北海道南西部・登別市の海岸に伝わる伝承にも残されている。
大昔、カワウソ神が天の神から化けクジラ退治を命じられた。さっそく挑んだが返り討ちに合ってボコボコにされる。他の神に助けを求めるカワウソ神は
「刀を貸してくれ」と懇願するが、どの神も笑うばかりで取り合わない。
よく見てみれば、自分の腰にあらかじめ刀を差していた。なのにすっかり忘れていたとさ…
この逸話は昭和50年頃、「まんが日本昔ばなし」でもアニメ化されている。
こんな話を持ち出すあたりで、年齢がわかってしまう辛さ
今はもう味わえない
カワウソ鍋の味わい
作品の中でアシㇼパや杉元が持ち物チェックをした描写はないが、とりあえずはカワウソをさばいて切り分け、ダイコンや乾燥山菜とともにオハウ(汁物)に仕立てる。
杉元曰く
「脂身がトロトロで美味い」
「しつこくなくて上品な味」
だが現在、令和のわれわれがその味を確かめるすべはない。
北海道開拓、河川改修によってカワウソは住処と餌場を失い、毛皮を求めての乱獲も相まって速やかに絶滅してしまったからだ。
ともあれ明治後期の北海道。
肉を食い終えた杉元に「もっと美味い部分があるぞ」として」アシㇼパが差し出すのはカワウソの頭部。
カワウソの頭部、脳みそは珍味とされている。
塩をかけて食えば美味いという。
しかし、魚の頭部ではない。
カワウソの頭部である。
それもかわいいカワウソの頭部ではない。
皮を剥がれ、肉を煮込まれ、
筋肉組織が、犬歯がダイレクトに露出した頭部である。
さしもの杉元もキッスは御免とばかりに躊躇しているあたり…
この辺りの顛末は、参考文献「ク スクッㇷ゚ オルシペ」の逸話をもとにしたものだろう。
ゴールデンカムイの参考文献
「ク スクッㇷ゚ オルシペ」
「ク スクッㇷ゚ オルシペ」、日本語訳すれば「私の一代の話」。
ペニウンクㇽ(川上の衆)と呼ばれた、石狩川上流域のアイヌ、そのコタンコㇿクㇽ(村長)の家系に生まれた女性・砂澤クラ(1897~1990)の一代記である。
年齢で言えばアシㇼパより少し年下の世代として生まれたクラ女史。彼女は6歳の年の初夏、両親や親戚ふくめ総勢15名で山猟へ向かった、旭川から石狩川を遡り、現在の愛別町付近に至る。そこからさらに分水嶺を越えてムカ川の谷へ降りたら温泉があった、というから、現在の北見市温根湯温泉の当たりだろうか。
彼女の父・クウカルクは鱒を大量に捕獲していく。クウカルクとはアイヌ語で「弓を作る者」の意であり、名に違わず弓や猟の名人であった。アイヌ伝統の命名法はその人のクセや特徴を見極めた上で名付けるものなので、基本的に「名前負け」は発生しにくい、というのは以前の記事でも紹介したとおりである。
その折、一匹のカワウソも捕らえ、娘のクラはその「脳みそ」を食べた。
その脳は「頭が良くなる」として父から直々に食べさせられたものである。後頭部の骨の薄い部分を割って内容物を取り出し、生のままで塩をかけて食べる。栄養もあり、とても美味いものだという。
だがしかし、前記のようにカワウソは「物忘れの激しい獣」である。肉を食べれば物忘れが収まらないという。
そんなカワウソの脳みそを食べた。
思考を司る至高の人体器官、脳髄。
物忘れが激しいカワウソの、それを食べた。
彼女の思考回路に問題はなかったのだろうか。
その疑問に関しては当然、心配無用である
彼女は人生の紆余曲折を経ながらもアイヌ文化伝承者として大成し、昭和後期の北海道新聞夕刊紙上にて自身の一代記を連載した。
上記の『ク スクッㇷ゚ オルシペ』は、その語りをまとめたものである。
動画サイトにおいても、砂澤クラ女史語るユカㇻ(叙事詩)を視聴することが可能
そしてクラ女史の膨大な記憶と著作が「ゴールデンカムイ」の参考文献となり
アイヌ文化のメジャー化に貢献している事も、御存じのとおりである。