ゴールデンカムイの謎 その6 凶悪なクマとイクラの関係とは?
ゴールデンカムイ第一巻
杉元と凶悪なクマ、
そしてアシㇼパとの出会い
目くるめくストーリー展開と丁寧なアイヌ文化考察、そしてアイヌ料理を中心としたグルメで人気の漫画『ゴールデンカムイ』。その冒頭はこれまで話してきた北海道のゴールドラッシュ、砂金採りのシーンから始まる。
時は明治時代後期。日露戦争の帰還兵・杉元佐一は北海道の河で砂金掘りに血道をあげていた。戦場に散った戦友・寅次の残された妻・梅子は眼を病み、いずれ光を失うだろう。なんとか治してやりたいが、治療費のあてはない。そこで一獲千金を求めて砂金採り、川砂を掬っては洗い流すが、やはり金のあてはない。そこで偶然耳にしたのは、アイヌが隠した膨大な砂金、そしてその在処の地図を刺青として体に彫りこまれた、幾人もの囚人の存在だった…
だが、その情報をもたらした砂金掘り仲間、その実は刺青を彫りこまれた囚人は突如現れた熊に腹をえぐり殺され、杉元にも牙が迫る。絶対絶命の彼を救ったのは、アイヌ少女のアシㇼパだった。
彼女は言い放つ。
「マタカリㇷ゚だ。冬に徘徊する者。冬眠しそこなって気が荒くなってる危険な熊だ」。
ヒグマは「山の神」
しかし悪い神でもある
ヒグマはアイヌ語でキムンカムイ(山の神)。アイヌの伝統的な自然観では、熊や狐など狩猟の対象となる獣は神とされる。彼らは山奥の神の国では人間同様の姿かたちをして、着物を着て家に住んで暮している。だが人間が作る酒や木幣が恋しくなれば、身に肉や毛皮を纏って熊なり狐の姿となり、人間界へと下っていく。そして精神のいい人間を見込んで狩られることで、人間に肉と毛皮の恵みを施す。人間は神の土産物をありがたく受け取り、返礼として酒や木幣、あるいは団子を捧げて祭り、神の国へ送り返す。人間と動物=神は相利共栄の関係なのだ。
人も熊も
「見た目が大事」?
だが、熊はやはり猛獣である。おとなしく狩られて人間に恵みを施すなど真っ平御免、あげくは人間達を殺傷せんとたくらむウェンカムイ(悪い神=悪魔、邪神)もいる。そんな熊は、ある程度「見た目」で判断できるという。
まずは体型。前記のマタカリㇷ゚のように、冬眠しそこなった熊は痩せてみすぼらしい。そもそもアイヌ語でマタカリㇷ゚とは、「冬に廻る者」。雪原を徘徊してはわずかな獲物を求める。別名はチセサㇰペ(宿無し)。余裕がないから、人を見れば襲いかかる。ネットで有名な大正時代の三毛別羆事件、集落を全滅に追い込んだ加害羆は「袈裟懸け」とも呼ばれる、肩から背中に白いスジがある文様をしていたという。だが同時に典型的なマタカリㇷ゚でもあったのだ。
マタカリㇷ゚以外に、前足が長いエペンクワㇱ(前に杖を持つ者=手長熊)、反対に後ろ足が長いエパンクワㇱ(後ろに杖を持つ者=脚長熊)、そして全身の毛がないチチケウ(禿げ熊)も同様に危険とされる。
もっとも危険とされるのは、赤毛の熊。気が荒く魔性の者とされ、特にマラㇷ゚ト・フレ・サランペアン・カムレ・ポコアン(頭に赤い布を被った者)と呼ばれる頭の赤い熊は性悪な者の代名詞だ。そんな悪い熊は山のはずれに済んでいるとされ、ヌㇷ゚リ・ケㇱ・ウンクㇽ(山のはずれにいる者)とも呼ばれる。
「頭からイクラをかけられる夢は不吉」
なんでそんな発想が生まれた?
さてアイヌ民族は「夢」を重要視した。夜みる夢は神からのアドバイスとして、その内容でこれからの運命を判断した。立派な人物に出会う夢は、熊が捕れる兆し。子連れの女に出会う夢は、子連れの雌熊が捕れる兆し。いずれも吉夢である。だが「頭からイクラをかけられる夢」は不吉である。なにをしても上手くいかないという。
「頭からイクラをかけられる」という、現代都会人からは奇想天外に感じられるシチュエーションだ。水ならともかく、なんで頭からイクラをかぶるという発想にいたるというのか。
だが「毛色が赤い熊は凶暴」の知識があり
「頭からイクラを被ったような、赤い毛色」との連想に至れば
「不吉」との解釈も自然と理解できるかもしれない。
※参考文献
『コタン生物記Ⅱ 野獣・海獣・漁族篇』更科源蔵 法政大学出版局 1976年
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