ドラマ『呪怨』のエンディングテーマは「ネズミ捕りゲーム」
「呪怨」の新作は
昭和末期平成初期の事件がテーマ
2000年にビデオ版が発売され、2003年に劇場第1作が公開。
その後も多くの続編が作られ、ハリウッドでもリメイクされたホラー映画『呪怨』。
過去に不幸な事件があった一戸建て物件で、新規住人が襲われる怪奇現象が全編を覆うモチーフである。
押し入れから漏れ流れ出す顔面蒼白の女性。
「かかか」「ききき」の中間の音声、としか説明しようのない名状しがたい悲鳴。
昭和期の日本家屋が包蔵する陰鬱とした感覚は、平成令和の時代をつないで
現代のわれわれにも言いようのない不安と恐怖感
たとえて言うならば心の臓の内部に暗黒の液体がジワジワと滲み出すような感覚にとらわれる
(「ベッドを埋め尽くす黒猫」は、猫好きにはいい意味でたまらないシーンだが)
2020年7月『呪怨: 呪いの家』が、Netflixオリジナルドラマとしてスタートした。
時代は昭和末期の1988年、心霊現象研究家の小田島(荒川良々)は
バラエティ番組で共演した若手タレント・本庄はるか(黒島結菜)が耳にしたという「謎の足音」の正体を探るべくリサーチを始める。
そして「呪いの家」に、年月を超えて次第に吸い寄せられる人々。
バブル末期の混沌たる世相世情。そんな時代の陰として世間を寒からしめた「足立区女子高生コンクリート詰め事件」「埼玉幼女連続誘拐殺人」など実在の事件
そんな「昭和末期平成初期」の明暗を包蔵した日本家屋の陰影、
そして、本来はホラーがまず似合わないであろうと思われる顔立ちの温和な俳優を
陰鬱にさせる照明効果が恐ろしい。
話題のエンディングテーマは
アイヌの伝統音楽
さて、このドラマが放映されるや、ひとつの曲がネット上で話題に上り始めた。
各エピソードの最後に流れるエンディングテーマである。
その曲は女声数部による、輪唱形式の合唱が美しい。
今回の呪怨のテーマはカメラワークと同時に音でもあるが、
西洋の礼拝堂に共鳴するようなハーモニーはドラマの恐怖を拭い去り、あるいは「いい意味」で脳裏を染め上げてくれる。
この曲は、アイヌ伝統音楽を中心に活動する女性ユニットMAREWREW(マレウレウ。アイヌ語で「蝶」の意味)の「sonkayno」(ソンカイノ)である。
ソンカイノは、アイヌ民族に伝承される歌や踊りのうち、
ゲーム性を帯びた踊り「エルムンコイキ」の歌詞をアレンジしたもの。
エルムンコイキとは、直訳すれば「ネズミ遊び」。
踊り手は「人間チーム」と「ネズミチーム」に分かれ、
人間チームは2人でロープを交差させた「ネズミ罠」を持つ。
対するネズミチームは、罠の向こう側に設置された餌を狙う。
サッと腕を伸ばして餌を取れたら、ネズミの勝ち。
餌をとられる瞬間、人間がロープをキュッと閉めてネズミを締めたら、人間の勝ち。
スンカイナー
スンカイナー
ハーキナクースー
ハーラルソー
スンカイナー
スンカイナー
こんな歌を延々と歌いつつ、人間とネズミの攻防を繰り返していく。
詳しい踊り方は以下のリンクのp43-50をご覧いただきたい。
同時に、以下の動画の30:30あたりをご覧いただきたい。
マレウレウの「sonkayno」は、エルムンコイキの歌詞を純粋な「曲」として昇華させたもの。
それもアイヌ民族の伝統的な歌唱法「ウコウㇰウポポ」の技法を取り入れた物である。
ウポポは、アイヌ語で歌、ウコウㇰは、しりとりの事。
シントコと呼ばれる漆器の蓋を床に置き、女性たちがその周囲に車座になる。
そして蓋を平手で打って調子を取りつつ、それぞれのパートを巧みにずらして輪唱していく。
マレウマレウの「sonkayno」を注意して聞けば、
輪唱の背後でポッ、ポッと何かを打つようなくぐもった音がすることに気がつくだろう。
それがシントコの蓋を打つ響きであろう。
シントコはもともと日本本土で製造された行器(ほかい)と呼ばれる漆器だが、
アイヌ民族はこれを日常的な容器として、宝物として珍重し同時に「楽器」のような用途にも用いてきた。
ドラマ「呪怨」の本編では、一定間隔で挿入されるくぐもったピアノのような音が
言いようのない違和感、不安感を醸し出す。
かたやウポポのシントコの響きは、心にホッと安らぎを染み渡らせる。
不安と安らぎの二面性。
ドラマ本編の視覚と音響でゾワゾワと逆立てられた胸中は
エンディングの合唱で拭われる
漫画「ゴールデンカムイ」の流行とともに注目されるアイヌ文化。
ホラードラマに意外な効果をもたらすというのも、また面白いのではなかろうか