入墨の文化
私はゴールデンカムイという漫画が好きで読んでいます。
明治時代の北海道を舞台に、アイヌ民族の埋蔵金を巡ったストーリーでアイヌ文化についても頻繁に紹介されています。
元々、アイヌ文様について調べていた時に出逢った漫画で、今となっては純粋に作品のファンとして楽しんでいます。
このゴールデンカムイでは、「入墨」が物語の大きな鍵を握っています。
アイヌ民族の入墨と本州の倭人のそれは形式が違います。
作品中では網走刑務所に収監されていた囚人の入墨が埋蔵金の場所を示す地図になっているのでは・・・?という非常に重要なアイテムとして登場します。
この入墨ですが、日本ではいつから入墨文化があるのかご存知ですか?
入墨ってデザイン性が高いですし、何のために体に模様を描いたのか気になって調べてみました。
入墨の表記は入れ墨や刺青などありますが、ここでは入墨とさせて頂きます。
縄文時代の入墨
日本の入墨文化は縄文時代から存在しています。これは「魏志倭人伝」という中国の歴史書に明記されています。
縄文時代の日本に書物はありませんし、入墨が物証として出土することもありません。
魏志倭人伝は弥生時代の中国の書物ですが、そこに「黥面文身」という言葉が出てきます。これが顔や体への入墨を示しています。
他にも土偶などの土器の顔に入墨と思われる模様が描かれています。
魏志倭人伝によると水人(海人)の男性は顔や体に入墨をして海に潜り魚などを取っていたとされています。
海に潜る際のお守り的な意味合いがあったのではーと言われています。
また、文献によっては水人と非水人では異なる入墨を入れていたのでは?という考え方もあります。
奥が深い入墨の世界
縄文文化って調べると興味深くて抜歯などの人体改造をしていた痕跡があったり、耳飾りなどのファッションアイテムも出土されています。
学生時代の授業では、「狩りを中心とし、縄文土器を作っていた」程度にしか習いませんでした。
実は体に入墨を入れ、何らかの目的で人体改造をし、祭りや儀式を行い、ファッションを楽しんでいた可能性がある。
(耳飾りの目的も諸説あって興味深いのです)
現代人と似たような文化が既にあった可能性があるわけですね。
入墨はその後衰退し、江戸時代には罪人に入れられるようになりました。
アイヌの入墨は通過儀礼として入れます。
同じ体に墨を入れる行為でも意味が全く異なるのは文化だなぁと感じます。
沖縄には沖縄の入墨文化があるようで、調べてみたいと思います。
とりとめのない文章になってしまいましたが、入墨文化は奥が深いよ!ってお話しでした。