桃太郎はニートだった?四国の奇妙な桃太郎伝承
桃太郎と言えば日本の昔話の定番である。
桃から生まれた桃太郎が犬、猿、キジをお供に従えて、村の衆を苦しめる鬼を退治する。
現代的な解釈から見れば
「鬼にも言い分がある」
「話し合いで解決できないのか!」
「鬼の宝をちゃんと持ち主に返したのか!遺失物隠匿ではないか!」
などともツッコまれようが、それでも桃太郎は日本の昔話の典型。そして桃太郎は「桃から生まれた」昔話の世界で言えば「異常出生」ながら、あくまでも「健康優良児」のイメージである。
だが四国の徳島県の三好郡、吉野川の上流部に伝わる桃太郎の伝承を見聞きすれば、とても健康優良児とは言えまい。
…昔々、爺さん婆さんが桃太郎と一緒に住んでいたそうな。(なぜ桃太郎と呼ばれるかは語られていない。川から流れてきた桃から生まれる場面もない)お爺さんは毎日山に柴刈りに出て、婆さんは川で洗濯したり家で粉ひき仕事をして暮らしていた。でも桃太郎は毎日遊んでばかりいた。
そこでお爺さんは桃太郎に言った。
「毎日毎日こまい(小さい)子どもみたいに遊んでばかりいないで、ちったぁ我んく(我が家)の暮らしの足しになることせにゃぁいかんぞよ」
でも桃太郎は仕事をしたことが無いので木の伐りかたも柴の刈り方もしらない。そこで大木を根元から引き抜いて、担いで山から下りてきた。そしてその木を家に立てかけた。そしたら家がバリバリと潰れてしもうて、爺さんは飯釜に首突っ込んで、婆さんは雑炊鍋に首突っ込んで死んでしもうたと
お話はここでおしまい。
「まんが日本昔ばなし」ではまず放映できない内容。
悪を斬る勧善懲悪でもない、強いて言うなら教訓は
「行動力のある愚か者が一番怖い」であろうか。
戦時中、桃太郎を日本男児の誉れとしてプロパガンダ化けした軍部は、この桃太郎伝承を知ったならいかなる反応をしめしただろうか。
※参考文献
『新・桃太郎の誕生』 野村純一 吉川弘文館 2000年