制限から生み出されるもの
「制限」。それは私たちが社会生活を送る上で必要不可欠な事です。
時として自由を阻む存在となる事もあります。
しかしその裏で、制限によって生まれる素晴らしい文化もあります。
今日は制限と文化をテーマに綴ろうと思います。
今、コロナで自由な外出が制限されている状況ですが、UberEatsなどのデリバリーサービスが活躍しています。
テレワークの普及も一気に加速しました。テレワーク、案外業務に支障が無い、むしろこの方が良いという方もいるのではないでしょうか。
制約やストレスは何かを生み出す起爆剤になり得ます。
歴史を遡ると、江戸時代に「奢侈禁止令」という衣服の制限が課されました。
平たく言うと派手な服、贅沢な服は着るなというもの。
当時の浮世絵を見ても、庶民の衣服は落ち着いた色、柄で描かれています。
しかし、その裏で独自のファッションを楽しむ文化が生まれました。
表向きは地味色の着物を着て、裏地に紫などの派手色を取り入れてファッションを楽しんだのです。
チラリと見える派手色がアクセントとなって、とっても「粋」なんです。
平安時代の十二単もそう。何枚もの色を重ねていますが、袖口から少しだけ重ねた色たちがチラリと見えている。
私たちは遥か昔から「そういうもの」が好きなのかもしれませんね。
では世界に目を向けてみましょう。
イスラム教の世界では、生物の表現を禁止するという規則によって幾何学文様が発展しました。
イスラム教では神は唯一神アッラーのみ。人間は神の下に存在すると考えられています。「創造」は完璧な神が行うもの。
不完全な人間は生物を表現するべきではないという考えがありました。
キリスト教ではどうでしょう。
キリスト教には偶像崇拝の禁止がありました。その結果、数々の「象徴的なもの」が生み出されました。
例えば、平和の象徴は「オリーブ」。キリストは「ブドウ」。
その後、偶像崇拝の肯定が起こったものの、象徴するアイテムのイメージは現在でも認知されています。
何かの制約にストレスを感じた時は、新しい何かが生まれるチャンスだと思えば道は開けるかもしれません。