あなたにとっての”温泉”とは?~芹沢高志氏『別府』~
温泉に行きたいなあ。
そう思った時、私にとって最も身近な場所は別府か由布院である。遠すぎず、近すぎず。どちらも大分にありながら、それぞれに異なる魅力をたたえているのもいい。
例えば別府といえば、一般的にイメージされるのは地獄めぐりや硫黄の香り豊かな泉質、砂蒸し、温泉たまご、冷麺などだろう。湯けむりが上がるその風景は、レトロな街並みと相まってどこか懐かしい気持ちにさせてくれる。
私も例に漏れずそういった雰囲気を楽しんでいたのだが、以前別府に足を運んださい、私に新たな土地の魅力を教えてくれたものがあった。それが芹沢高志氏の『別府』(現在は新版)というエッセイだ。
氏は幅広くアート・建築に携わるいっぽう、別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」(3年に1度開催、2015年以降の会期は不明)の総合ディレクターも務めている。出逢いは本当に偶然で、宿泊したホテルの部屋のラックに鎮座していた『別府』を、何となく興味を惹かれて手に取ったのがきっかけだ。
帯にデザイナーのナガオカケンメイ氏から「こんなふうに、そこに行きたくなったことはない。」とのメッセージが送られているが、まさにその通り。良い意味でノンフィクションとは乖離した奥深さがそこにはあった。
冒頭は「フェリーさんふらわあ」に乗り込むところからだが、行きかう人々の情景、寝台に横になって開いた読みかけの本(これもまた非常に面白そうなのである)の話、そこから膨らむ筆者の哲学……と、独自の世界観にぐんぐん引き込まれてしまう。
特に改めて注目してみよう、と思わされたのが、鉄輪温泉である。別府の中でもひときわ歴史を感じさせる鉄輪温泉周辺は、昔ながらの空気が色濃く残る場所だ。温泉成分による錆びつきすらノスタルジックな美しさを醸し出す街をぶらりと歩いてみたら、通常の観光とはまた違った懐かしい気持ちが滲んできた。
そして確かに、猫が多い。でも写真を撮らせてくれない。実家のあの子にそっくりだ。
まあ今日は別の目的で来たんだし……ともの悲しい想いに浸りつつ旅を終えたが、さて今度はどこを振り返ろう、と、既に心は次の機会を待っている。
ああ、何度でも温泉に行きたいなあ。そこにはきっと、まだ知らない趣があるのだから。