「湯布院 ドルドーニュ美術館」での、静謐で深みある時間
その趣のある建物を前に、私は「ああ、ようやく。」という気持ちになった。
湯布院、ドルドーニュ美術館。
同地の佐土原から移築された、築200年の古民家を美術館として整えた施設である。現代ではなかなかお目にかかれない重厚な梁や欄間が造り上げる空間は、全体的に落ち着いた雰囲気の作品たちのオーラをより一層引き立てていた。
私が初めてこちらに訪れたのは、ちょうど18年前になるだろうか。
母と2人での旅先、当時は美術を志していたため、せっかくならと美術館めぐりを行うことにした。
そんな中、駅からも宿からもやや距離のあるドルドーニュ美術館を選んだ経緯は、不思議と思い出せない。偶然足が向いた、と言うのが正しいが、今となっては本当に貴重な経験だったと思う。
ゆったりと並ぶ作品たち、伝統的でありながらもモダンな空気感、細やかな解説…そのすべてが忘れられず、再びお邪魔できればとずっと考えていたのだ。
館主の裏文子さんは、まったく変わらない穏やかな風情で迎えてくださった。平日の午後ということもあってか館内は貸し切り状態で、丁寧な説明に耳を傾ける。
ドルドーニュ美術館は、大分出身の作家として著名な宮崎喜恵氏と宇治山哲平氏の作品を常設として、九州および湯布院に縁ある芸術家たちのコレクションがまとめられているのが特徴である。
宮崎喜恵氏と宇治山哲平氏は、一見すると対照的な画風に感じられる。
宮崎氏の作品は、繊細なタッチと人のほの暗い内面を映し出すかのような色使いが印象的だ。それに比べ、宇治山氏は独特の記号を用い抽象的に仕上げることで、こちらの想像力を掻き立てるようなたたずまい。
しかし、どちらも戦争への想いや表現に対するこだわりに関しては共通点が見え、同じ空間に違和感なく共存している理由が何となく分かった。
また、個人的に記憶に深く刻まれているのは、永武氏の作品である。ドルドーニュ美術館には主に人物画が数点飾られていたと思うが、真っすぐに鑑賞者を見つめる研ぎ澄まされた瞳と、複雑に混ざり合う色彩のコントラストが美しく、けれども重く。心をぎゅう、と掴まれたような気持ちになった。
鑑賞後も恐縮ながらお茶を賜り、暫しお話させていただいたが、テーブルの周辺には裏文子さん自らが制作された作品も配置されており、何とも洒落ている。
住まいとしても憧れが募るいっぽう、これは長年培われたセンスがなせる業であり、付け焼刃に真似できるようなものではないのだろう、とすぐさま諦念が滲んだ。
昔は、自分もきっとこの世界で生きていけるものだと思っていたのになあ。
静かに流れてゆく時間を見つめながら、そんなことを考える。
しかし、作品を通して芸術家たちの情熱を目の当たりにするたび、湧いてくるのは焦燥よりも感動だ。
同じ日本画や彫刻というジャンルであっても、感情を表現する方法は作家によって千差万別である。
作品の詳細を知るごとに、誰もがそれぞれに信じる道を歩んでいるのだ、と考えさせられた。
アートから新たな視点を得たような気がしつつ、閉館時間となったため美術館を後にする。
想い出はそのままに、あの頃とは少し変わった目標を抱いて。
最後まで温かく送り出してくださった裏文子さん、本当にありがとうございました。
日本画に興味がある方はもちろん、創作活動を行っている方、アートやクリエイティブ関係の夢を追っている方にもおすすめの美術館です。
所在地:〒879-5102 大分県由布市湯布院町川上1835-4
TEL:0977-85-5088
開館時間:10:00~17:00(水曜休館)
入館料:600円(小学生以下無料)