笑顔でいることは難しいが

Vol.165
CMプロデューサー
番長プロデューサーの世直しコラム
櫻木 光

 

僕の田舎の佐賀県には、武士道の指南書「葉隠」というのがあって

なんとなく古い人たちの考えの中に根強く残っていることが多いのです。

 

例えば、うちの母は、僕が子どもの頃、へらへらと笑っていると怒り出し「男は一年に片ふうたんだけ笑え」と言いました。

「男は一年に一回だけ片方のほっぺたで笑え」という意味です。

つまり、男は滅多なことで笑顔を見せるな。と言っているんですね。

お母ちゃん、怖いでしょ?

 

現代語訳の葉隠を読むと、確かに

「礼儀正しくあれ、行儀正しくしろ、あまりしゃべるな、落着いてやれ、目上に口答えするな、わけも無く笑うな」

ということが書いてあります。

そういう土地で育っちゃったものだから、東京に出てきても、随分長くそういう態度で暮らしていました。

要は愛想がない態度です。怒ってるの?とよく聞かれました。

それが普通だと思っていたのです。

 

 

知り合いでWeb制作会社を一人で切り盛りしている女の人がいます。

この人は、このコロナ禍でも仕事がいっぱいあってとてもお忙しそうです。

どんだけ斬新なサイトを作っているのかと気になって見ても、そんなに斬新でもないしデザインが突出して素晴らしいわけでもない。

悪くはないのだけど、まあ極普通。

でも、どんどん仕事が舞い込んで来て、そしてやってる仕事も失わない。

羨ましい人です。

僕はその人が怒っているところを見たことがない。愚痴や文句も言わない。

見かける時は、いつも気持ちよくニコニコしている。

この人どこでストレスを発散してるんだろう?と思うくらい。

腹が立たないそうです。

 

子どもができてから、気づくことが沢山あります。

子どもに関して起こる出来事が全て初めてのことだったので、かなり困惑しました。

俺、すげえ大事なことが欠落していたかもしれない。と思う毎日です。

武士にならなきゃいけないわけじゃなかったのです。

 

ある日のこと、奥さんが妊娠前に仕事で関わった映画の封切りのイベントがあるというので、

毎日、育児で気が滅入っているだろうし、「行っといで」と言いました。

子どもは俺一人でも大丈夫だろう。と。生まれて一か月過ぎたくらいの時です。

 

奥さんが出かけた直後、赤ん坊はニコニコ笑っていました。

赤ん坊は何が何だかわかってないんでしょうし、僕がパパだか誰だかもよくわかってないと思うのです。

でもニコニコ笑っている自分の子どもはめちゃくちゃ可愛いです。

髪の生え際とかそっくりで、なんだか不思議な気分。

「お前、俺のコピーだな」と。幸せな気分ですよ。頑張ろう。と思う。

 

だけど、すぐ、なにが原因かわからないまま、いきなり泣き出しました。

全然泣きやまないのでおろおろして、いろんなことを慌ててやりました。

オムツを替えたり、うちわで仰いでみたり、バウンサーに乗せてゆらゆらしたり。

変な顔したり、踊ったり、おしゃぶりをくわえさせたり。

おっぱいが出ないから打つ手がなくなり哺乳瓶にミルクを入れて飲ませてみたり。

それでも泣き止みません。力いっぱい泣いている。

そんなに泣いたら疲れるだろ?ってくらい全力で泣く。本当に無力感を感じました。

 

こんなにどうしていいか分からなくなることが、まだあることを知りました。

無視して放置するわけにもいかないし、脅すわけにもいきません。解決策がない。

途方に暮れてしまいました。

内心腹が立って来ましたが自分の新生児の娘に腹をたてるわけにもいかないのです。

そのうち母親が帰って来て、抱っこされたらピタッと泣きやみましたが、

それはそれで腹がたつ。

 

で、何の話だったっけ?あ、そうだ。笑顔が大事って話です。

 

 

ラグビーの選手で「笑わない」を売りにしてる人がいますが。ダメだよお前。と思う。

わかってねえなあ、カッコ悪いんだよそのネタ。武士になっちゃうぞ。

お前にも引退後の社会の方が長いんだぞ。想像してみろよ。と。

自分が愛想良くなかったことでどれだけ損して来たか今考えるとよくわかる。

 

50になって初めて自分の娘に教えられることがある。

生まれたばかりの子どもが泣きやまないということは何にも増して理不尽だ。

まず打つ手がない。が、腹を立てずにやり過ごさなければいけない。

最悪の理不尽に対して腹を立てない。ということを、

子供を持つ人はみんな知っているんだ。ということに気づいて愕然としました。

しまったそういうことか。

 

 

毎日、いろんなことが起きて、苦痛なことが多い世の中です。

暑いし、寒いし、空気は汚いし、疫病は流行るし。

礼儀作法を知らないバカがいっぱい電車に乗っている。

会社に行って、部下をちょっと強く注意するとパワハラ。女の社員の服装や髪型を褒めたらセクハラ。

政治家は身勝手で嘘ばっかり言うし、経済は良くならない。

見たこともない台風が来て、命を守れとニュースでアナウンスする。

とんでもない社会になってきました。

 

そんな中で「笑顔」でいる。ということの方が無理かもしれない。

いつ心が壊れてもおかしくないような社会にいるからだ。

でも、そういう世の中で自分の正気を保とうと思うと、

やるべきことは「笑顔」でいることだと思う。

 

笑顔でいることは難しい。

楽しいことを無理やり考えていなければいけないし未来に希望を見出し、

常に自分の目標を設定しなければいけない。

今更だけど、新しく自分にできないことを見つけてきてそれをやってみる。

少しずつできるようになっていく。その過程で笑顔になれるかもしれない。

笑顔で居続けることは「修行」に近いかもしれない。

 

もしくは、自転車のタイヤを変えたら乗り心地が良くなった、みたいな話で十分なのかもしれない。

笑顔になれるんだから。その程度で。

 

笑顔で、幸せな気持ちで他人に接する。みんなにそうする。

そしたら、そういう人が集まって来て、人も情報も寄ってくる。

なんだか、根拠もないけどそうするしかないような気が最近するのです。

みんなの気持ちが殺伐としていて嫌な感じだからなおさら、です。

世の中に同調してふてくされていても、それこそ疫病神しか寄ってこない。

 

娘が泣きやまなかったのは、泣いてる娘に困った顔を丸出しにして

笑顔で接して居なかったからだと後で気づいたけど遅かったのです。

 

プロフィール
CMプロデューサー
櫻木 光
プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが、矢面に立つのは当たり前と仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。

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