光をつかまえて!Ann Veronica Janssens @South London Gallery
「屋内で自転車を乗り回してはいけません!」と思わず叫びたくなるのですが、ここはアートギャラリー。体育館のように広いツルツルに磨かれたフローリングの上を男性が自転車でくるくる回っています。今回は南ロンドン、South London Gallery(第77回で紹介) から Ann Veronica Janssens の個展 Hot Pink Turquoise をお伝えします。
「乗ってみますか?」という言葉に頷くと、除菌液で拭かれたヘルメットを渡されます。ハーレーダビットソンの自転車版のようなカマキリ型自転車は大きくて重くて、乗りにくいのなんの。「あれ、ブレーキはどこ?」と聞くと、「ペダルを反転させるとブレーキがかかります」との答え。(乗る前にいって!) 慣れてきたので、鏡のようにピカピカのタイヤのディスクホィールを見ながらペダルをこいでみます。残念ながらギャラリー内なので、映る景色はモノクローム。そこで秋真っ盛りの今、外に出て鈴掛の木(プラタナス)の街道を走ってみたのを想像してみます。手のひらサイズのカエデのような葉をもつプラタナス。プラタナスはビクトリア時代に公害対策として空気洗浄のために街路樹として、ロンドンのあちこちに植えられました。鮮やかなレモン色や山吹色のプラタナスのトンネルを映し出す車輪はカラフルな風ぐるまのようにみえるはず?!
吸い込まれそうな大きなドーナッツ型のガラスには星屑のようにキラキラと無数の気泡が浮遊していて、天体そして生命の源である水を彷彿させます。最近の研究では水を含んだ天体が数多く存在することが明らかになってきています。火星などの太陽系の天体からも、かつて液体の水があった証拠が見つかっていますが、さてその水はどんな水だったのか。今年、金沢大学や東工大の研究グループは40億年ほど前の火星に存在した水の中の成分を推測し、地球の海水の3分の1程度の塩分濃度を持った水があったと発表しました。火星の水は、塩分やミネラルなどを豊富に含んだ、生命の誕生や生存に適した水だったことを明らかにしています。今では火星には少なくとも原始的な生命である微生物のようなものが存在していたというのが学者の間での定説になってきています。宇宙の彼方の光のかけらのような生命を探す旅は続いています。
積み上げられた金魚鉢の中をスイスイ泳いでいるのは赤い金魚ではなくて、逆さまになったミニチュアの赤バス、パトカーにサイクリスト!ガラスの水が光学レンズのような役割を果たし、外の世界をコミカルに映し出しています。金魚鉢の中に捕まえたかと思ったミニチュアの風景は次の瞬間には別の風景に移り変わっています。
こちらもまたガラスの水槽に液体が張られているだけなのですが、反射する光がまるで寄木細工のように複雑な幾何学模様を描き出しています。
壁に立てかけられている等身大のガラスパネルの前を歩いてみます。青が赤に、黄緑、緑、水色に変わったと思うとピンクになってそして色が消えて…と、夕焼けを見ているかのように鮮やかに変化します。目に映る色が所詮、捉えどころのない光に過ぎないことを再認識させられます。
最後はこちら、ピンクを基調とした眩い蛍光色がギャラリー全体をふんわり覆っていて、まるでオーロラのよう。部屋には窓があって外を眺めれば昼時なのにどんよりと暗い雨の日と内と外が実に対照的。ふと、人より多く色を感知できる鳥たちにはこの重苦しい天気がどうみえるのか考えてみます。鳥たちは私たちがもっている赤、青、緑の組み合わせの三原色の色覚に紫外線を加えた四原色の色覚をもっています。紫は私たちが見ることのできる一番波長の短い色ですが、紫外線は英語でいう「ultraviolet」で、violet(紫)をultra(超えた)色。紫外線の色はよく蛍光色などで表現されますが、それが人の限界。雨の日でも紫外線は晴れの日の30%くらいは降り注いでいるのだから、こんなロンドンの天気も鳥たちにとってはそんなに悪く見えないのかもしれない。そんなことを考えながら光と知覚をテーマにした Janssens の展示を後にしました。