やさしさの履き違えについて

番長プロデューサーの世直しコラムVol.57
番長プロデューサーの世直しコラム 櫻木光

「やさしい」という言葉は本当に耳ざわりが良いようで、 いろんな所に乱用されていて、最近はもうなんとなく薄気味悪い。

マスコミも政治家も企業もお父さんもお母さんも学校の先生も、「社会にやさしい」、「環境にやさしい」、「人にやさしい」。やさしいやさしいって大合唱。 大半の親は、子供への願望として「やさしい人間になってくれれば・・・」と口にします。

「社会にやさしい」とはどこかの企業のスローガンなのだが、漠然としすぎていて意味がわからない。どこのだれに、どうやさしいことを指すんですか。

最近放送されているウルトラマンシリーズは、街中で怪獣と闘うと街を壊すので「こりゃいかん」ということで、特殊な能力を使って異次元の空間をつくり、その中に怪獣を引きずり込んで闘います。結局、ウルトラマンは怪獣に暴力をふるってぶっ殺しちゃうんですが、街を壊さない異次元なら良しとされているようなのです。そんなにやさしくしたいなら、「暴れちゃいかんよ君」と怪獣を説得して、田舎に送り返すのが筋だろう。

学校の運動会の駆けっこでは、順位をつけない。授業中の私語をやめない生徒に理由を聞けば、「話しかけてきた友人を無視したと思われると後でぎくしゃくするから」なのだそうだ。女子が同級生とプリクラを撮るときに、みんなで変な顔をしてわざと「ブス」に写るようにする。かわいい自分と並ぶと、かわいくない友人を傷つけてしまうのが嫌だからなんですって。やさしいねえ。

そんな「やさしさ社会」は、ウルトラマンの愚行も含めてずれまくっていると思う。 「やさしい人間」って、いったいどんな人なんでしょう。 たぶん大多数の人は、漠然としたその柔らかい表現にぼよよ~んと身を任せているだけ。やさしいという言葉の意味をちゃんと考えたことがあるのか、かなり怪しい。 気づいているのは僕だけじゃないはずなんだけど、なんとなく誰も文句を言わない。やさしくしているのに文句なんか言うと、「おまえはやさしい人ではない」と糾弾されそうで怖いのだろうか。 人に嫌なことを言わない。暴力をふるわない。他人を攻撃しない。傷つけない。みんな、そういうことを「やさしい」と呼んで疑問もないようですが、僕に言われせればそれは絶対に間違いなのです。

馬鹿女が「やさしい人が好き~」って言っている場合はだいたいそういうことで、自分の無知さやマナーの悪さ、常識のなさを指摘せずに文句も言わず、根拠のない自尊心を傷つけるようなこともせず、おいしい物を食べさせてくれて、プレゼントまでくれて、自分の言うことを良く聞いてくれる。できればいいなりになるような、へなちょこ男が好きと言っているだけの場合が多いのです。どうせ後で飽きて、いやになっちゃうんでしょうけど。

とにかく、僕はこの昨今の「やさしい」という言葉の使い方の根本的な間違いに、ものすごく違和感を持っているのです。

もう30年以上前、角川映画に『野生の証明』という大ヒット作品がありました。 高倉健と薬師丸ひろ子が主演の、壮絶な内容の映画でした。「お父さん、こわいよ。誰かが大勢でお父さんを殺しにくるよ」という、薬師丸ひろ子の台詞がTV-CMでヘビーローテーションされ、はやり言葉にもなりました。 その映画のキャッチコピーが『男はタフでなければ生きられない。優しくなければ生きていく資格はない』でした。森村誠一原作の映画でしたが、宣伝のキャッチだけ、ハードボイルド小説の巨匠/レイモンド・チャンドラーの超有名フレーズを使ったようです。 僕の中での「やさしい」は、このニュアンスにとても近い。 「って、わかんねえよ」という罵声が聞こえてきます(笑)。映画を観ていただくとわかるんですけど。

僕の中では、「やさしい」にはまず、「強い」が求められます。自分の意志ですくっと立っていてめざす目標のために戦って、ぼこぼこにされて、自分より強い奴の存在を認識させられてもはい上がる。つまり、失敗と成功の体験があるということですね。加えて、自分の生きていることを寂しいと思っていないことが大切です。 そんな人が、かかわった自分より弱い立場の人間を、自分の力で守る。それこそが、「やさしい」です。

要求には、「守るべき人が考えていることを理解する」も含まれます。自分じゃない他人の大事に思っていること、楽しみなこと、嫌なことを理解する力。相手との距離を測り、その人にとって自分のできることは何なのか? してほしがっていることはなんなのか? 理解して、そっとしてあげる。決して説教は押しつけずにです。

「やさしい」は、もっと主体的にポジティブなニュアンスで語られなければいけない。

子供に「やさしい人間になってほしい」と思うのなら、早いうちに過保護はやめて野に放つべきです。熱いか冷たいか、自分で触って確認しろよ。世の中は自分で痛い目にあってみないとわからないことだらけです。いろんなことを知って、自分だけで立っていられるようになったら人にやさしくできるでしょう。

木を植えたら社会にやさしいのか? バリアフリーにしたら人にやさしいのか? 「やさしい」という言葉は、そんなに「便利」な道具ではないはずだ。二酸化炭素を減らせば優しい企業なのか? 本当に地球に優しくしたいのなら、全人類が死滅するのが一番手っ取り早いという身も蓋もない事実を認識した上で、そういうわけにはいかないからなんか考えようという提案に、本当になっているのかな? 「人の痛みがわかる」とか平気で言っているが、人の痛みは簡単にはわからない。それでもって、本当に痛い人は同情なんかされたくないだろう。 ちゃんとした仕事もないくせに東北にがれきを片付けに行ってやさしい気持ちになっている人の、気分はわかるが、何かが違う。

自分がしっかりしていないと、人にやさしくできない。弱っちいやつにやさしくされても、迷惑だ。 『男はタフでなければ生きられない。優しくなければ生きていく資格はない』とは、そういう意味だと思う。

「やさしい」という言葉の柔らかさと便利さにいろんな私利私欲を包み隠して、己の体たらくぶりをごまかすのはやめようぜ。と思うのです。

Profile of 櫻木光 (CMプロデューサー)
~株式会社リフト 第一制作部 チーフプロデューサー~

  • 1968年 佐賀県生まれ、44歳。
  • 1991年 ニッテンアルティ入社(旧 日本天然色映画株式会社)
  • 2000年にプロデューサーに昇格。
  • 2009年 社名がリフトに変更。

プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが(日本にはCMプロデューサーと名乗る人が2000人もいるそうです)、自分のケツを自分で拭こうとしているプロデューサーは何人いるでしょうか?矢面に立つのは当たり前だとつっぱって仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。根性論を書いているかと思ったら、意外に現実論者でもあります。

<主なプロデュース作品>

  • AGF ブレンディボトルコーヒー(原田知世さんと子供)
  • 日清食品 焼きそばU.F.O
  • マルコメ 料亭の味
  • リーブ21 企業CM
  • コーセーサロンスタイル 『髪からはじまる物語」行定勲監督Webムービー
  • クレイジーケンバンドPV
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