何年か前に、矢沢永吉を特集したTBSの番組『情熱大陸』を見ました。 ロック歌手の矢沢永吉が新しいアルバムを発売して、地方のラジオ局まで足を運び、プロモーションをしていた。そこで地方局のラジオ番組のディレクターに、唐突に永ちゃんが話しかけました。

「あなた、いくつ？」 「38です」 「いいねえ～、最高の年齢ですね」 「ありがとうございます」 「38歳のあなたに、矢沢がひとついいことを教えてあげましょう。 あなたの最大の敵はなんだかわかる？」 「いや～？」 「それはね、あなたの中の欲ですよ。 あっ、もちろん人間、欲がないとだめよ。よろしく」

放送されたのはこの会話だけで、その前後の文脈はわからないのですが、「よろしく」と言った後に、するっと矢沢永吉は去っていったので、たぶんそれがすべてのやりとりなんでしょう。以後、そのやりとりが、僕の頭の片隅にいつも居て離れません。

「最大の敵は自分の中の欲よ」 どういう意味で言ったんだろうか？

映画『スターウォーズ』には、「フォース」という目に見えないエネルギーの流れを操ることのできる「ジェダイ」という人たちが出てきます。ジェダイになるためには、フォースを善のために操る資質と修行が必要です。ジェダイの用いるフォースは「ライトサイド（光明面）」と呼ばれ、フォースを使って正義を行うという設定になっています。つまり平たく言うと、正義の味方。怒りや憎しみを心の中に芽生えさせないよう、修行をしている人たちということです。

それに対して、かつてそのジェダイの修行を受けたが、フォースの使い方を間違って、自分たちの私利私欲（支配欲）を達成させるためにフォースを使い、また、あからさまな権力欲、防御よりも攻撃的な性向が強い人たちが悪役として出てきます。暗黒面（ダークサイド）に墜ちたジェダイということで、ダークジェダイとかシスという呼び方をします。

『スターウォーズ』は30年間で6作が発表された、SF映画の金字塔的大河ドラマです。簡単に言うと、ジェダイとシスの対決のストーリーです。ジェダイとしての能力がずば抜けた男が正義の味方として活躍している時に、人間らしい辛いことが起きて、怒りや憎しみを抱えて、ダークサイドに墜ちてダークジェダイになってしまう。「ダース・ベイダー」という男の悲しい一生を描いている、たったそれだけの映画なのです。実はシンプル。

『スターウォーズ』では、ジェダイの騎士が合い言葉のように使う「フォースと共に在れ（May The Force Be With You）」が、劇中の大事な局面で必ず使われる。その言葉と、永ちゃんの言葉の意味が一緒なんじゃないかと思うのです

自分の心の中にはいろんな欲があり、いろんな局面で頭の中を駆けめぐる。本当に毎日欲にまみれている。あれが欲しい、これがしたい。ああでもない、こうでもない。前向きな欲だけでもない。さぼりたい欲、休みたい欲もある。本当に腹が立って怒鳴り散らしたい欲もある。

『スターウォーズ』は、自分の欲を仕方なく制御できなくなった人間がいかに悲しい結末を迎えるかを描いたドラマだと思うのです。フォース（力）は、自分の欲を制御する力をも意味している。

地方のラジオ局のディレクターをつかまえて、永ちゃんが言った言葉。「あなたの最大の敵は、自分の中の欲よ」は「（自分の欲を制御する力）フォースと共にあれ」ということなんだ。

「やっぱり永ちゃんは、ジェダイの騎士だったんだなあ」と勝手に解釈しました。

自分の中の欲を制御できないと、その制御できなかった欲は自分の最大の敵となって自分に襲いかかってくるよ。本当に誰もが毎日それと戦っているのでしょう。自分の欲に勝つことができるだろうか。小学校の教室に額縁にいれて飾ってあった「克己」という難しい言葉は、そういう意味だったんだなあと、この原稿を書いていてやっと理解できました。