レディオヘッド、それともローリングか?
- ARTY FACT LONDON Vol.64
- ARTY FACT LONDON コウヅマノエ
いつものごとく、ふと通りかかったトラファルガースクエアーに何やら黒山の人だかり。 人だかりと言うか、もう尋常じゃない数の人、ひと、ヒト。 歩道だけでなく車道にまで人があふれ、警備の人がしきりに「立ち止まらないで前にすすんでくださ~い」と声を張り上げています。
一体全体何が起こっているのかと思ったら、ハリー・ポッターシリーズの最終作「ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2」のワールドプレミアが開かれているとのこと。2001年の映画『ハリー・ポッターと賢者の石』公開から10年。世界中の子供から大人までを魅了し続けて来た『ハリー・ポッター』シリーズの最終作をみようと集まった1万4000人ものファンが、このトラファルガースクエアーに殺到。何と1週間ほど前からテント持参の泊まり込みで、この日に臨んだ人や、会場内には、ハリー・ポッターのコスプレをした人もたくさんいたそうです。
トラファルガースクエアーから劇場のあるレスタースクエアーまでは、およそ800メートルのレッドカーペットが敷き詰められ、15ヵ国、200人の報道陣が見守るなか、ダニエル・ラドクリフ、エマ・ワトソン、ルパート・グリントなど、おなじみの俳優さんや女優さんたちが歩いていったそうです。 私は、通りかかっただけでもちろん中に入ることは出来ませんでしたが、出演者が登場するたびに、会場周辺にまで大歓声が響き渡っていました。
さて、現在67言語に翻訳され、約200カ国で合計4億部が出版されているという、世界中の子供だけでなく大人までもがとりことなったハリー・ポッターの本。 今やイギリスを代表する一作品となったハリー・ポッターシリーズですが、ワイアードのブログ(http://www.wired.com/epicenter/2011/06/harry-potter-radiohead-moment/)によると、著者であるJKローリングが、どうやら自身の公式ウェブサイト上でダウンロード可能なE-Bookの出版を開始することにしたとのこと。
今までハリー・ポッターの電子書籍化には、頑なに反対の態度を取っていたJKローリングですが、今回、このシリーズをデジタル配信することによって、出版社を通さずハリー・ポッターシリーズを読者へ直接販売することが可能になるそうです。つまり、通常の書籍では、本の販売価格の約10パーセントが印税として作家本人の手に入るわけですが、作家自らがアマゾンなどを通して電子書籍を販売した場合、なんと70パーセント近くの印税を手にすることができるようになるわけです。
これだけ世界中で売れまくっているハリー・ポッターが電子書籍化されるとあれば、予想もつかない巨額なお金が動く可能性も大。それどころか、ハリー・ポッターでデジタル書籍業界が大きく変わることも予想されます。ひょっとしたら、歴史に残るような大変革をもたらすんではないでしょうか? 今年始めに、レディオヘッドが公式サイトからアルバム「The King of Limbs」をダウンロードデジタル配信によってリリースしたことが話題になっていましたが、間違いなく出版界でも似たようなことが起こることでしょう。ハリー・ポッターで、出版界にもレディオヘッドのときのような瞬間がやってきます。
ちなみに、作家って、1冊の本から他言語への翻訳や映画化など、2次使用、3次使用と色んな展開(もちろんそれに伴う収入も)が楽しめる、1粒で2度も3度もおいしい職業だなぁと思いませんか?これに電子書籍も加わると、1粒で4度おいしい思いをすることができます。もちろんベストセラーを産みだすのは並大抵のことではないと思いますが。
シングルマザーとして生活保護を受けながら、暖房費節約のためにカフェでせっせと執筆に励んでいたというJKローリングにとって、本は完結、世界中で翻訳しつくされ映画も今回で最終幕、ハリー・ポッターシリーズで得られる可能な限りの収入を得た今、電子書籍化は唯一残された新たな収入源となるはず。今や年収約182億円、歴史上最も多くの報酬を得た作家と称されたJKローリングですが、来年の報酬は、いままでの記録をまた大幅に塗り替えていることでしょう。
それにしても、これは作家だけに限ったことではないですが、お金があるところというのは、更なるお金を産み出せるような仕組みになっているんですねぇ…。
Profile of コウヅマ ノエ
女子美術短期大学卒業後、デザイン事務所勤務。その後、雑誌『エルジャポン』のデザイナーを経て、フリーのグラフィックデザイナーとして様々な雑誌のデザインを手掛ける。2003年に渡英し、ロンドンにあるRavensbourne CollegeでInteractive digital Media の修士号を取得。現在は南ロンドンで様々なプロジェクトに参加しつつ、ロンドン生活を満喫中