The Line を歩こう!(後編)

Vol.106
アーティスト
Miyuki Kasahara
笠原 みゆき

やってきました、テムズ川の北側。ロープウエイから筏のように水上に浮かぶデッキにポツリと小さな子供のような姿がみえます。早速下車して見に行きます。背丈から判断すると小学校低学年ぐらいでしょうか、迷子になったのかひとりで立っている子供はなぜか鳥に扮装しての鳥の面を被っています。でも扮装しているのは本当に子供、それとも何か別のモノ?薄気味悪さを感じさせるこの作品は このコラムの第38回でも紹介した作家、Laura FordのNo. 6 : Bird Boy (without a tail), 2011。

ここからテムズ川の支流であるリー川に沿って北上。DLRと地下鉄のあるカニングタウン駅に出ると、あたりは工業地帯になり、川沿いは歩けなくなるのでこんどはDLRの線路に沿って真っ直ぐ北上。やがてDLRのスターレーン駅に出ます。ここでまた西へ、リー川に戻ります。


No. 5:The Hatchling, 2019  ©Joanna Rajkowska

コーディ波止場が現れ、リー川に差し掛かる手前の芝生に現れたのは茶色の斑点を持つ青緑の大きな卵!この卵何処かで見たことがあるような?思い当たったのはテートギャラリーのコレクションの一つである、William Henry Huntの水彩画 ‘Primrose and bird’s Nest‘(1840年代)。でもHuntの卵、色は近いのですが、斑点がない!しかもなんの卵か表記してない…。Huntは ‘Bird’s Nest’ Huntとニックネームを取るほど、鳥の巣の絵で名を馳せた作家ですから、斑点バージョンもあるのでしょうが、鳥の識別には役に立たなそう。そこで、‘blue-green eggs with brown spots’ でググってみると、もちろん、Blackbird!(クロウタドリ)。英国のもっとも一般的な鳥で、大型ツグミの一種。庭先や、街中、森の中に響き渡るその美声で親しまれている鳥です。ビートルズのポール・マッカートニーも‘Blackbird’歌っていますよね。

話がそれましたが、この長さ2.5mの卵、音の彫刻ということなので殻に耳を当ててみます。聞こえてくるのは?みなさんも一緒にこちらの青いバー(Listen to The Hatchling)をクリックしてどうぞ。タッタタ、タッタタ、もう、お分かりでしょうか?聞こえてくるのはクロウタドリのひなが孵化する瞬間を録音したもの。作品はNo. 5:Joanna RajkowskaのThe Hatchling, 2019。


No. 4: DNA DL90, 2003  ©Abigail Fallis

川沿いを進みます。螺旋状のメタリックな塔が現れます。よくみるとそれはスーパーのショッピングカートを構築したもの。2003年、ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックによってDNAの二重螺旋構造が解明されて50年、これを記念してとあるスーパーマーケットはFallisに作品制作を依頼しました。スーパーマーケット文化はもう私達のDNAにまで組み込まれている?大量消費社会を批判した作品はNo. 4: Abigail FallisのDNA DL90, 2003。


The House Mill

さらに先へ行くと、川が広がり、現れたのはタイドミル、潮汐工場!タイドミルは、潮汐の上昇と下降によって水車が駆動されるウォーターミルで、まるで中世の時代に迷い込んだような錯覚におそわれます。このタイドミルの基盤が建てられたのは1380 – 1420年、現在見られる姿のThe House Millは1776年にDaniel Bissonによって建てられたもの。残存する世界でもっとも大きいタイドミルで、イギリス指定建造物(第8回で紹介)の一級指定(Grade 1)を受けています。通常ならばボランティアによるガイドツアーが行われていて、中を見学し、そこのカフェでお茶をすることも。ロックダウンが解除されたら是非訪れてみたいですね。


No. 3:Reaching Out, 2020   ©Thomas J Price

川では水鳥たちが巣作りに追われる様子が見られ、陸地では春の花が咲き乱れているのに、その様子には目もくれず、川のほとりでスマホに夢中になっている女性。ブロンズ鋳造の作品はNo. 3:Thomas J Priceの Reaching Out, 2020。パンデミックによりソーシャルメディアの利用拡大を反映した、昨年設置されたばかりの作品です。


イケア(IKEA)の光のモニュメント。周辺の住宅もイケアによって建てられている。

イケア(IKEA)によって建てられたロンドンオリンピックトーチを模した40メートルの光のモニュメントも現れ、その先にはオリンピックパークに立つ展望台が頭を覗かせているのがみえます。ここでオリンピックパークまで1マイルほどとの表示が目に入ります。


London Aquatics Centre

ストラッドフォード区に入り、大通りを横切るといよいよオリンピックパーク。右手に見えるのは、5年前に他界した建築家ザハ・ハディッドによって建てられたアクアティクス・センター  。現在では地元のレジャーセンターの市民プールとして使われています。(ロックダウン規制により4月12日まで閉鎖中)


No. 1:ArcelorMittal Orbit 2012 © Anish Kapoor and Cecil Balmond No. 2:The Slide, 2016 ©Carsten Höller

左手の階段を上るといよいよ展望台が目の前に。The Lineの最終目的地、No. 1はご存知美術家アニッシュ・カプーアと建築家セシル・バルモンドの共同制作作品、アルセロール・ミッタル・オービット 2012!真下で見ると迫力ありますね。螺旋型の奇抜なデザインに加え、1910万ポンドの建設費の8割以上を1個人(インド人の鉄鋼王、ラクシュミー・ミッタル)が負担したことでも人々を驚かせたこの115メートルのパブリックアートは当時賛否両論のあった作品。ところで、No. 2はどこに?写真をよく見てください、オービットにパラサイト植物のよう巻きついた白銀のツルみたいなものが見えますか?こちらがNo. 2:Carsten Höller(コラムの第37回で紹介)によるThe Slide, 2016。178メートルの滑り台は2012年に設立されたロンドンレガシー開発公社(LLDC)によって、オービットのオリンピック後の観光の目玉として付け加えられたもの。178メートルを40秒で滑り落ちる滑り台、ためして見る価値あり?ところがチケット売り場にいってみると、やはり現在は閉鎖中。

テムズ川からリー川に沿って歩くアートウォークいかがでしたか。


London Stadium

ロンドンに住んでいながら実は私オリンピックパークを訪れたのは今回が初めて。驚いたのは当たり一帯にクレーンがニョキニョキとたけのこのように突き出していて、まるでこれからオリンピックが始まるかのような建築ラッシュ。LLDCの都市計画では住宅開発のみならず、オリンピック跡地にはヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)、ロンドン芸術大学 (UAL) 、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションといった芸術系大学、BBCミュージック、サドラーズ・ウェルズ劇場などが拠点を持つこととなっていて2031年をめどに完成、ストラットフォードは芸術文化区へと生まれ変わる予定になっています。一方でロンドンっ子の税金を運用したLLDCのずさんな資金繰り、その膨らみ続ける予算、プレミアリーグのウェストハム・ユナイテッドのホームスタジアムとなったロンドンスタジアムの赤字運営など問題は山積みで、今後の動向に目を光らせる必要がありそうです。

プロフィール
アーティスト
笠原 みゆき
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。 Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。 ウェブサイト:http://www.miyukikasahara.com/

日本中のクリエイターを応援するメディアクリエイターズステーションをフォロー!

TOP