ASEANのクリエイティブ産業事情~マレーシア~

Vol.5
Fellows Creative Staff Singapore Pte. Ltd. エージェント/マネージングディレクター
Junya Oishi
大石 隼矢

Fellows Creative Staff Singapore PTE. LTD.(以下「Fellows Singapore」)代表の大石隼矢(おおいしじゅんや)です。

シンガポールは4月になりましたが、あいかわらず気温30℃前後の日々が続いております。時折降りだすスコールがシンガポールらしさを感じさせてくれますが、日本もそろそろ初夏の様子でしょうか。週末に友人や家族と出かけたく陽気だろうと思いますが、ニュースを見ていますとどうやらそれができないほどのコロナウイルス感染者数の増加ですね。シンガポールは、ここ3ヶ月の一日の市中感染者は0人~5人程度です。人口は約600万人と東京都よりも少ないですが、割合的には完全に感染を抑え込めているといっても良いと思います。ワクチン接種も年齢別に計画的に実施していて、外国人に対しても無料で接種を受けさせてくれます。ワクチンパスポートの導入が先日ニュースになりましたが、ワクチン接種をしていれば諸外国への渡航制限が緩和されるようになれば嬉しいですね。

さて第5回のコラムはシンガポールの隣国、マレーシアについて書きたいと思います。

*前回同様にクリエイティブ産業の大分類として、映像・音声/マスコミ/ゲーム/広告・デザイン/出版/WEBサービス/ソフトウェア/建築設計としたいと思います。

まずマレーシアという国の概要をご紹介いたします。

マレーシアはシンガポールの北側に隣接している人口3,200万人の中規模の国です。ランカウイやペナン島などのリゾート地がある国としても有名で、コロナ前は「よく旅行に行っていた」とシンガポール在住の友人がこぞって言っているくらい身近で地理的にもとても近い場所です。ちなみにジョホールバルの歓喜、で有名なジョホールはマレーシア最南端にありシンガポールからも目視できる距離です。

主要産業の割合では単体ではManufacturing(製造業)が1位ですが、飲食や小売、不動産など、すべてのサービス業を合わせた場合、サービス業が1位となっていて、農業、鉱業および採石業が続きます。GDPはRM2,225,935 million(約59兆円)。サービス産業は全体の38.3%、製造業は14.9%となっています。
参考資料:https://belanjawan2021.treasury.gov.my/pdf/economy/2021/economic-outlook-2021.pdf

それではコンテンツ産業の規模はどのようになっているのでしょうか。映画興行収入は2016年において約RM8000万(約20億円)、ゲーム市場は約RM20億(約550億円)、アニメ市場は劇場版アニメで約RM1.14億 (約29.9億円)となっています。テレビ市場は正確な市場規模がリサーチできませんでしたが、動画配信サービスの台頭により地上波放送の市場は縮小傾向のようです。(Jetroによるタイコンテンツ市場調べ2017年3月発表) 

まず驚くのがゲーム市場の大きさです。さらにアニメ、そして映画、テレビと続きます。マレーシアはスマホの普及率がほぼ100%らしいですから、モバイルゲームやアニメ視聴が伸びているのでしょう。逆に長尺の映画やテレビ番組はそこまでみられておらず、日本の市場と似ている気がします。

マレーシアの映像コンテンツ市場全体を見ると、特にアニメコンテンツ市場の成長が見られます。マレーシア政府が投資ファンドを組成してRM10億(約250億円)規模の投資をしていたり、アニメによる教育コンテンツが増えていたりするようです。一方でいわゆる海賊版も多く、非合法なウェブサイトを通じてアニメ視聴をするユーザーが多いことが問題となっていて、政府の協力も得ながらマーケットの健全化を目指しているということです。私が本社でアニメ業界を担当するチームのマネージャーをやっていた時も、クライアントから海賊版の話や著作権の話をしばしば聞くことがありましたので、世界中で起きている問題であると想像できます。

テレビや映画コンテンツは視聴者が動画配信サービスを利用するケースが増えていますがアニメでも同じことが言えます。アニメーションコンテンツ開発会社である Animonsta 社は、自社で開発したアニメコ ンテンツをローカル、国際市場の両方に供給する新しいアニメーションスタジオであり、ソーシャルメディアでの影響力も大きいとのこと。なかでも有力コンテンツは『BoBoiBoy』。日本のフェローズでアニメチームを立ち上げたアニメプロデューサーの関田氏もこの作品の事を知っていたほど有名な作品で、日本ではカートゥーンネットワークで放送されていました。

シンガポールに住んでわかったことの一つに、「ジャパニーズ・アニメ」の根強い人気とコンテンツの絶対的優位性ということがあります。絶対的優位性というのは、それと肩を並べる強いコンテンツがシンガポール国内に無いということです。それでいて、バスやMRTに乗車している人たちがスマホでアニメを観たりゲームをしたりする光景があり、日本のコンテンツが広く普及している状況です。市場規模やスマホの普及率を見ても、マレーシアはシンガポールよりもさらにアニメやゲームが普及していると考えられますので、そこには日本のアニメクリエイターを中心にその洗練されたスキルを”輸入する“市場がありそうです。

次にITやソフトウェア開発などのデジタル市場についてですが、2016年にはマレーシア国内にデジタル自由貿易区(クアラルンプール)が設置され、中国アリババのジャックマー会長が、デジタル経済推進担当の政府顧問に就任しています。アリババは「電子世界貿易プラットフォーム」を通じて、物流、クラウドコンピューティング、モバイル決済などのサービスを提供するためのインフラをマレーシア企業に提供しています。デジタル自由貿易区が持つもう一つの重要な側面は、中小企業の開発です。マレーシア企業の98.5%が中小企業なのですが、国内総生産への貢献率は40%に満たないそう。そこでマレーシア政府は、小売業を中心に中小企業に対してデジタル自由貿易区への参画を呼び掛けています。2017年11月時点では、当初の目標を大きく上回る1,972社もの中小企業がデジタル自由貿易区に登録していました。2025年までには60,000人の新規雇用の創出が見込まれており、中小企業の輸出額は380億ドルに伸張すると予測されています。

また今年2月にムヒディン首相が「マレーシアをデジタル主導による高所得国、かつリーダー国に進化させる」という政府計画、MyDIGITAL(https://www.idc.com/getdoc.jsp?containerId=prAP47491421)を発表しました。104ページにもわたる包括的な文書で「デジタル経済における地域のリーダーとなり、包括的で責任ある持続可能な社会経済的発展を達成する」というマレーシアの壮大なビジョンを達成するためのロードマップを示しています。以前にもマレーシア国内ではデジタル経済の発展に対する政府のイニシアチブを発表していましたが、今回は過去の発表と新しい策を混在させたものとなっているそう。目玉となる取り組みとしては、クラウドコンピューティングサービスの提供や超高速通信5Gの導入を2021年の第4四半期に前倒しする計画、サイバーセキュリティ体制の強化などです。

東南アジアは、欧米と中国の間にあるという場所柄なのか、先進諸国に追いつくために国を挙げてデジタル化を推進している様子がどこの国にも見られます。ここで育ったスタートアップはそういった先進諸国にバイアウトやM&Aされるという狙いもあるでしょうから、外資の参入によって経済が成長していく流れは必至かもしれません。そして当然、雇用の需要が高まり、解決すべき様々な人材面での課題も生まれてくるでしょう。シンガポールに来て思うのは、政府がいかに自国民をグローバル人材に育て、その国民が国に還元できる仕組みを考えているということです。そして、ASEAN周辺諸国も同様に考え、政策を積極艇に打ち出している国が多くあると感じます。

マイクロソフト、グーグル、アマゾン、テレコム・マレーシアの4社がクラウド・サービス・プロバイダー(CSP)として、マレーシアに超大規模データセンターを建設・管理する承認を得ています。今後5年間で120億~150億リンギットを投資することを想定しているそうで、マレーシア国内の中小企業のDXを大きく後押しするでしょう。International Data Corporation(IDC)マレーシアのシニアリサーチマネージャーであるダンカン・タンは、「これは、国内企業がダイナミックな消費を取り入れ、回復力のあるインフラを構築するだけでなく、組織のデジタルトランスフォーメーションを実現するためにクラウドを活用するきっかけとなるでしょう」と述べています。しかし、データセンターを設置するための投資が行われた場合、デジタル対応の労働力にギャップが生じる可能性がありますが、これは青写真には欠けています」と述べています。

ここ5~10年の推移と文脈を読むと、マレーシアがデジタル経済と開発に対して並々ならぬ投資を行っているかがわかりますよね。私も実際に自身の目で見て感じるまでは、知人やネットソースを介してでしかわからないのですが、マレーシア在住の知人や渡航歴が複数回ある友人に聞くと「この5年でとても開発が進んできている」と言います。この文書でさらに興味深いのは、人材面についても記述があることです。やはりどれだけICTやDXが進んだとしても、それを作るには人の力が必要でなので、「優秀な技術者はいないかな」「即戦力として働ける人を探したい」と考えているマレーシア国内の経営者は多いはずです。デジタル化がさらに進むと様々なソフトウェアサービスが生まれてきますが、それを利用してもらうためには広告や宣伝をしないといけません。グラフィックや動画などで我々のような消費者が使いたいと思うような心が動くクリエイティブが必要になってくると思います。便利でさえあれば良い、という考えもありますが作る側が人であると同時に、利用する側も人です。どれだけ便利な世の中になっても人は感情で動く生き物。感情を揺さぶるようなクリエイティブが生まれることは必然だと思うのです。私はシンガポールに来てまだ1年も経っていませんが、日本にいた時よりもはるかに東南アジアの将来性を感じています。残念なことに、コロナ禍によって各国の実情を実際に見て周ることはできないのですが、シンガポールでのクリエイターの存在価値を高め、ASEANのクリエイティブ経済を支える=フェローズの介在価値が高まる、という大きな野望をもってさらに突き進んでいきます。

プロフィール
Fellows Creative Staff Singapore Pte. Ltd. エージェント/マネージングディレクター
大石 隼矢
1990年 静岡県焼津市生まれ。小さいころからサッカーに魅了され、日韓ワールドカップで来日したデイビッド・ベッカムの話す英語に衝撃を受け、自分も話せるようになりたい!と大学は外国語大学へ。2010年カナダ・ウエスタンオンタリオ大学へ交換留学。2012年株式会社フェローズ入社。ブロードキャスト・ビジュアルセクション。2020年4月にフェローズ初の海外拠点であるFellows Creative Staff Singapore Pte. Ltd.の責任者に就任。
好きなバンドはOasis、最近の趣味はNetflixで英語学習、尊敬する歴史上の人物は吉田松陰と白洲次郎、好きな食べ物はカレーライスとらっきょう、嫌いな食べ物はかぼちゃと大学芋、みずがめ座B型、佐々木希とジェームズディーンと富岡義勇(鬼滅の刃)と同じ誕生日。
Twitter:@junya_oishi

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