プロダクションマネージャー
- 番長プロデューサーの世直しコラムVol.21
- 番長プロデューサーの世直しコラム 櫻木光
CMの制作会社にはプロダクションマネージャー(PM、制作部ともいう)という仕事がある。僕もプロデューサーになる前に、じっくり9年間もその仕事をしていた。どんな仕事なのか?一般的には、CM制作におけるスケジュール管理と原価管理が主な仕事とされる。「おお、簡単に片付けやがって。そんな簡単な仕事じゃねえ」と、当時思っていた。
やっていたことを並べてみると――
- 企画立案の補佐。資料探し、ネタ探し、企画コンテの作成
- すべての打ち合わせに参加して記録をつける。連絡をする
- スタッフのスケジュール調整からスケジュール表の作成
- 撮影、現像所、テレシネ、仮編集、本編集、録音等のスタジオの手配
- 出演者のオーディション
- 実行予算書の作成(原価管理)
- ロケハンとロケ地の手配
- オールスタッフ打ち合わせの仕切り
- PPMって言う、クライアントへの撮影概要の説明打ち合わせの資料の作成
- 撮影消耗品等、撮影に必要なさまざまな物の準備
- 撮影香盤表の作成(撮影するカットの順番等を効率良く整理したタイムテーブル)
- 撮影機材の手配と運搬
- 撮影現場の仕切り
- どのカットからどう撮って、次は何をするのか指示する
- カチンコを打ち、ビデオを収録し、テイクの記録を書く
- スタッフ全員のお弁当を朝昼晩用意する
- 「つなぎ」と呼ばれるお菓子、飲み物等を用意する
- 撮影部から撮影済みのフィルムを回収し現像所に搬入する
- テレシネ作業(撮影したフィルムをデジタルのビデオに変換し、色を調整する)に立ち会う
- 台詞など音声を同時に収録した場合は、テレシネしたビデオに音を戻す
- 仮編集
- 仮編集の試写のためにカット表やビデオのフォーマットを作る
- 本編集、テロップ等の手配と原版の作成
- 音楽録音
- MAV(録音)音楽、台詞、効果音、ナレーションを入れる作業
- 仮編集、本編集、MAV作業時の食事、飲み物の手配
- CM原版の作成
- 初号試写の準備。試写用のDVDとカット表の用意
- 放送用プリント作成と納品
- 実行予算に基づいた各所支払いと金額交渉
- 仮払いの精算
- 映像、音楽、音声。全ての素材を登録し管理する
- 予期せぬ事故への対処、処理
ざっと書き出しただけで、こんなにもある。しかもそれぞれに、いろいろ絶妙なコミュニケーションが求められるのだから、プロダクションマネージャーは忙しい。口のききかたひとつでいろんなことが有利になったり不利になったりするのだ。怖い。 当然、いろんな人と会話をしなければいけないので社会的な知識を仕入れなければいけないし、流行にも敏感でなければいけないので、日々のニュースのチェックも怠れない。CMの最初から最後まで関わり、いつも最初に来て最後に帰る立場。どの作業でも、主な作業が終わってから整理し、明朝に備えなければいけないので、ほとんどの場合が徹夜になる。家にも帰れないし、風呂にも入れない。
作業の特性上、ちょっとした失敗も許されないので、全部ちゃんとやって0点(100点じゃない。0点)の商売。減点法。体勢がちょっと揺らいだだけでも減点される体操競技のようだ。 関わるスタッフは1作品につき50人を超え、そのほとんどがひと癖もふた癖もある人たち。その全員といろんな情報を共有しなければいけないので、電話はかけっぱなしの鳴りっぱなしで、その都度、訳のわからないことを言われ続けたりもする。
それだけのことを毎日やりながらも、制作の現場でのプロダクションマネージャーの地位は低い。あれやれ、これやれ、あれ買って来い、すぐ来い。はやくやれ、考えろ。決定、変更、決定、中止、再開、直し、直し。馬鹿、アホ。まるで奴隷。なんともかわいそうな商売なのだ。ついでに給料も安い。
これはまさに修行である。荒行。
それでも、プロダクションマネージャーは荒行を抜けると楽しい商売である。物事を悲観的ではなく攻撃的に考えることができたら、こんなに楽しい仕事はない。
なにせ、大学を出たばかりの世間知らずの若者の身で、いろんな経験ができる。知らなかったことをいっぱい体験することができ、調べることができる。自分では行かないような海外の辺鄙な所に行くこともあるし、行ってみたいなあと思っていた海外のリゾートにいい感じで滞在することもある。憧れていたタレントさんの横でカチンコを打つこともできる。どんどん物知りになるし、有名人の知り合いも増える。人間としての経験値がどんどん増えていく気分も感じは、他の仕事より圧倒的に強い。
嫌なことや、自分の及ばないことが、良いことと同じ数だけ降ってくるけれど、そのために物を考えればいいし、人の気持ちを考えればいいし、予想をすればいいし、準備をすればいいのだ。プロなのだから。 お金をもらってやっていることなので、それをめんどくさいと思うわけにはいかない。
何より、CMを作るのが大好きでやっているんだ。他よりいい物を作って、田舎の両親に「俺がやったんだ」と自慢できるような作業は、優しい人たちと楽しく簡単にできるわけがないじゃないか。 減点法?上等じゃねえか。減点されなきゃいいんだろ。それでも理不尽なことを言うような奴がいれば、セットの裏で優しく言って聞かせてやるぜ――と思っていた。
何より、他の会社の同じ立場の同じような年代の奴らが俺よりいい仕切りをしていたら、将来、俺がやった方が良かった仕事を取られちゃうかもしれない。「それはいかん」という気持ちが、もの凄い危機感になっていた。 給料が安いのは、まだ、自分で金を稼ぎ出していないからだ。そのスキルを身につけて、対外的な信用を得て、自分で仕事をもらってさばくようになったらお金だってもらえるようになるだろう。今に見てろ、スタッフが乗ってるような車を買ってスタジオに乗りつけてやる。そんなことを考えながら、やせ我慢ばかりしていた覚えがある。
プロデューサーになった今、思うことは、プロデューサーにとっては、プロダクションマネージャーがスタッフの中で一番大切なスタッフだということだ。幸運にも僕に仕事の依頼が来たとき、まず考えるのはプロダクションマネージャーは誰にしよう?である。 仕事を持ってくるプロデューサーがお父さんなら、その仕事をうまく切り盛りして、みんなを幸せいっぱいの顔にするプロマネは現場のお母さんなのである。 お母さんが、気の利く、頭のいい人じゃないと家庭の崩壊を招いてしまう。息子(演出)は不良になり、やる気をなくし、その友だち(撮影、照明)も不良ばっかりになってしまうだろう。 どんなにいいスタッフを集めても、プロマネがアホだといい作品はできない。
どんなことがあっても、責任をとるのはプロデューサーなのだから、今のうちにプロマネにはのびのびと、思いっきりCM制作に携わってほしいとも思うのである。 いろんな面白いスタッフと知り合い、関係を築き、いろんな手法や技術を知り、いろんな所に出かけ、いろんな目に遭い、切り抜けて、人間の幅を広げてほしい。面白い人間になってほしい。 そうやって、プロダクションマネージャーという仕事を通じて人生を充実させた人だけが、プロデューサーとして自分の作品に名前をクレジットできるのだ。
最近は、その明るい未来を、若いプロマネに対して、会社の大人が示してあげられずに、その面白さを理解する前にへこたれて辞めてしまうケースも多くなってきた。 人の言うことだけ聞いて、やった気になっているだけで、何も進歩しない若者もいる。
わかってねえなあ。もったいない。 企業の広告を作る仕事がどれだけ恵まれた職業で、そのムービー部門を最初から最後まで仕切るのがどれだけ面白い仕事なのか、他の仕事についてみればわかる。
「面白いんだぞ。プロダクションマネージャーは、と言いたい。 僕なんか、今でも、もう一度プロマネやってみたいと思うことがあるくらいなのだから。 ああ、もう一度カチンコが打ちたい。
Profile of 櫻木光 (CMプロデューサー)
プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが、矢面に立つのは当たり前と仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。