社会的モラルと、希望と、人間の基準。
- 番長プロデューサーの世直しコラムVol.13
- 番長プロデューサーの世直しコラム 櫻木光
お正月明けにいただいた、お客さんからの年賀状に興味深いことが書いてありました。その方は子供の頃から剣道を続けていて、年末に「五段」に昇段されたとのこと。剣道には八段まであり、上に行くほど人間性が重視され、後進の指導、全体底上げへの貢献などが重要視されるらしい。当然、そのお客さんも礼儀正しい人格者です。「いい話だなあと」思うと同時に、なぜだか異様にビリビリッときてしまいました。「あっ、いいこと思いついた」と。
日本人全体に、この昇段試験制度を設けたらどうなんだろう?日本人初段とか、日本人名誉七段とか。
特に礼儀や作法について、日本の伝統を基準として明文化し、ルールをつくる。ものの考え方、言葉の使い方、将来の希望、自分を見つめる力、相手を思いやる力、自然を感じる力、自然を大切にする力、独りよがりな欲望を制御する能力…と、人間のかっこいい生き方を規定してみる。名誉段の審査には、後輩の指導にあたったか?とか世の中のためになる何をしたのか?とかの視点が加わる。
特に日本人に限定する理由もないから、人間初段とかの方がいいかも知れないけど。
その規定に従って人間道の道場をつくり、師範もいて、ある程度の修練をしないと昇段試験を受ける資格を得られなくする。資格を得たら、どんどん上に挑戦できる国家資格。社会全体に強制はしないけど、段を取得した人はその段位によって社会活動の優先権を与えられ、就職の面も給料の面も社会保障でも有利になる。そういう制度。
人間に格差を生み差別につながる危険性もあるが、道場で最初に教えられるのはそういう差別的概念を捨てることや弱者救済の心だったりするので、偉くなればなるほど腰は低くプライドは高くなっていく。そういう美徳に反する行為を行った場合は、段位剥奪などの処分もある。
あほか。なんでこんなことを真面目に考えているのか?
まあ、なんとなく最近の社会のモラルの低下が我慢ならんのかも。世の中に起こるいろんな事件、猟奇的な殺人事件、偽装だらけの企業などが気に入らない。 世直しコラムとか言ったって、ほんと、僕には何の影響力もねえなあと思う。
先日、電車に乗っていたら、風邪をおめしになっている方がいて、フリーハンドでごほごほと咳をしていた。「お前は自分が生物兵器だということを自覚しろ」と思って、腹が立った。「咳が我慢できないのなら仕方ないけど、せめて口を押さえてしてちょうだい」と注意したらむっとした顔をされた。 まあ、そんな些末なことからはじまって、怠慢な役所が責任逃ればっかりしたり、親を殺したり子供を殺したり、変な事件が多いので少々イラついちゃうのです。06年のイラクで戦争で死んだ人は約2万人。対して、昨年、日本で自殺した人は約3万人だそうです。戦時下の国より自分で死ぬ人が多い国、日本。「美しい国、日本」と言った人はみんなに足を引っ張られ、けつをまくった。 なんとなく漂う閉塞感みたいなものはいっこうに晴れる気がしないし、世の中は確実に暗い。やる気と元気がない。社会全体に希望がないのだと思う。
僕が子供の頃にあったような、みんなの希望。つまり、いい大学に入って大きい組織に所属さえすれば将来は安泰という考え方は、ほとんどなくなってしまった。そんなこと、生きていくためにはあまり重要ではなくなって、役に立たなくなったからなくなってしまったんだろう。 大きい会社も一瞬でなくなっちゃう世の中になった。
だけど、それに代わる、遠くに見える一筋の光みたいなことを誰も示してくれない。だから若い人たちは何をして良いかわからないで、もぞもぞしているように見える。若くない人も、もぞもぞしている。 飯はなんとなく食えるんだけど、何やってもつまんないからやだねえ。どうせ良いことないんだから、自分勝手に自分のことだけかわいがって暮らそう。腹が立つから親でも兄弟でも殺しちゃいました、と。
希望を個人で必死に探す時代になった。社会が方向性を示してくれる状況ではない。なんでもいいからみんなお金持ちにならなきゃいけないという貧乏な状況から、日本の社会そのものがお金持ちになって1ステージが上がったんだよね。ちゃんと働けば食える状況にはなった。そう考えるとバブルがはじけて社会が悪くなったんじゃなくて、ランクが1つ上がって新しい希望の求め方をしなければいけなくなったんだとわかる。人間性を上げろ。
何して生きたっていいんだよ。だけど、人が寄り集まって暮らしているんだから人の迷惑になることだけはやめましょうね。そういう意味で我が国は人間の基準として学歴を重視してきましたが、あまり機能しない世情になってきちゃったので、もっと大切な(本来は学歴にふくまれていてもいい)人間力を重視する。自分のことを大切にして、人間としてのプライドを持ち、楽しむために生き、自分にしかできない何かを一生をかけて得る。そういう人間しかいい目にあわせないという方針と制度に転換いたしますって、総理大臣が言わないかなあと思う次第です。
凛として自分に厳しく、相手がもし自分だったらどう思うか?という思考とコミュニケーションの回路を持ち、余計なことにわざわざ首を突っ込まず、他人の領域を尊重し、明確な目標を立て、それに何度も挑戦して挫折した経験もある。海外に暮らす体験をもち、世界の広さを知り、自分の常識がみんなの常識ではないという事実を理解する。 そういう人がいい目にあい、がんばった人ががんばろうとしている人を助け、やってはいけないことをしたら全てが剥奪されるという緊張感があり、がんばった人に社会が優しい。そういう社会が実現するような制度として人間の評価の基準を国家プロジェクトとしてつくるべきなんじゃないかと思ったりする今日このごろなのであります。馬鹿が増えてるような気がして怖いから。 やるやらないの判断も自由なのだから、徴兵制の復活や海外ボランティアの強制なんかよりは遙かにスマートだと思うんですけどね。
Profile of 櫻木光 (CMプロデューサー)
プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが、矢面に立つのは当たり前と仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。