甘い香りはもうしない? The Factory Project (後編)
ずらりと並ぶスキップ。スキップって何?といわれると、住宅改装作業などで出た建材等をぶち込んで、そのまま引き取ってもらう廃材投棄箱。いわゆるレンタルできる巨大なゴミ箱。英国を訪れたことのある方は、工事現場や改装中の建物の前に置かれ、木材やあらゆるガラクタが山のように積まれたブルトーザの荷台のようなものを目撃したことがあるはず。なぜかそれぞれのスキップに個々のアーティストが展示を行っている様子です。中央の裸で雄叫びをあげている女の子、気になりますね。近づいて行ってみましょう。
スキップから雪のように溢れるのはとろけるストロベリーアイスクリーム。一人の女の子は真っ赤なチェリーの上にどっしりと腰を下ろし、もう一人は大の字になってアイスと戯れています。二人とも素っ裸。作品はMaja Djordjevicの「Nothing to Wear Again! (2019)」。初期のマックペイントのようなピクセル化したコンピューターでのいたずら書き(doodle)を思わせる作品で知られるDjordjevic。こちらの3D作品は2019年にオックスフォードストリートにある高級百貨店セルフリッジズの依頼で、グッチとクロエの店舗間に展示されたもの。でもこのエリア、何でゴミ箱のスキップでの展示なの?と思われるかもしれませんが、実はレンタルスキップを展示空間として活用してしまおうという、スキップギャラリーによるキュレーションだったんです。
さて、次の建物へ向かいます。まずここ、入り口付近もスキップギャラリーに占領されていました。
奥へ進むと、6メートル以上ある天井に届くディープブルーのカーテン。描かれているのは複雑なロケットの設計図でまるで銀河、夜空に散りばめられた星のよう。青焼き(またはブループリント)はかつて建築業界において主流であったジアゾ式複写技法と呼ばれる、機械図面や建築図面の感光式複写技法。CADの普及により手書き図面をコピーする需要がなくなったため建築事務所現場から消えつつある技法です。作品はJuliette Mahieux Bartoliのシリーズ作、Extrasolar(2021)。
フレームから飛び出した絵画はまるで流れ星のかけら、隕石のよう。隕石といえば、1日に地球上に降り注ぐ微隕石(宇宙塵)は100トンにも上るとか。単純に毎2秒間1キロ四方に2つの微隕石が落ちている計算。屋根に登って1日流れ星のかけらを集めてみるのも一興?!ただしこれらは色や形状は様々なものの、大きさは1ミリ以下と顕微鏡が必須。興味のある人は音楽家で画家のJon Larsenの 「In Search of Stardust: Amazing Micrometeorites and Their Terrestrial Imposters (2017)」を参考にしてみては。こちらの作品はAnna LytridouのTIME FORMSシリーズ。
上記の二点はRecreational Groundsのキュレーションです。
ここにも隕石!こちらは、会場のあちこちにゴロゴロ転がっていた古い焼き物やランプシード(この作品には使われていませんが)などを使い再構築した作品。作品はHermione Allsoppのシリーズ作、Mantle Deposits, 2012 -19。
まるで動物の皮を剥がしたようなリアルなテクスチャーのある巨大な絵画はAndrea V. Wrightの作品。実際にこの工場跡の壁を型取りして作られた作品はずっしりと重みがあり、そのラバーに描かれた絵はまるで遠い昔に描かれ風化した壁画ようです。
上記二点はRosalind Davisのキュレーション。
グレーのロッカーやデスク、荷台、書類棚、カーテンなど、何となく工場の事務所を思わせるものが並び、藻のようなものも生えています。また、シリコンラバーや樹脂、陶磁器で作られたオブジェや3Dプリンターで作られた小さな手足は電子部品に繋がれ、あちこちでカタカタと音を立てながら昆虫のように動いたり這い回ったりしています。作品はNatalia Janulaの「Rehearsal (2021)」で、パフォーマンス作品の一部。Thorp Stavriのキュレーション。
最後はこちら、黒い墨を被ったキャンバス生地がどろりと天井から垂れ下がっています。イギリス人の友人に「これ、何に見える?」と聞くと、「ブラック・トリークル!」との答え。ブラック・トリークルとは、いわゆる黒蜜のことで、砂糖を精製した際に出る廃糖蜜。元々は蛇咬傷などの解毒薬として使われていてその歴史は17世紀まで遡ります。トリークル・タルトやトリークル・スポンジ・プッディングは英国の伝統的なお菓子として知られていますが、甘味料としてトリークルが一般家庭に普及するのは実は1950年代以降。異常な量の砂糖を摂取し、肥満が蔓延しているこの国において全てを飲み込む津波のようなこの作品がトリークルのモンスターに見えてもおかしくはないかもしれません。こちらはJukka Virkkunenの作品でDelphian Galleryのキュレーション。
今回訪れたTate & Lyleの工場跡は現在のテイト(ギャラリー)の生みの親となったHenry TateとAbram Lyleによって建てれた砂糖精製工場の一部でした。工場周辺には、かつて工員が使った巨大な社交クラブやパブが今も残っていてかつての繁栄が偲ばれます。一方で、2010年にはTate & Lyleの砂糖精製部門はそのブランド名ごとAmerican Sugar Refining(ASR)に売却され、表向きはその名前は残っているものの、現在自社に残っているのは砂糖以外の甘味料部門のみのようです。