主役を張れよ。

番長プロデューサーの世直しコラムVol.7
番長プロデューサーの世直しコラム 櫻木光

半年ほど前、僕の仕事をしてくれていた部下が会社を辞めてしまいました。少しずつ兆しがあって、悩みを相談されるようになり、何度か「辞めたい」と言ってくるようになったんですが、可愛い部下だったのでその都度慰留して、励ましたり、なだめたりしてました。でも、とうとう意を決して「辞める」と言いに来ました。

色んな理由があるみたいだし、人はそれぞれ考え方や感じかたがあります。辞めるという部下をひっぱたくわけにもいかないし、指詰めろとも言えない。

とにかく、僕の仕事をうまくこなしていたわけですから、辞めてもらったら困る。何も知らないときから一生懸命教えたわけです。仕事。やっとピンで制作の仕事ができるようになった。手間がかかっていました。一生懸命施した教育は、僕の中では徒労に終わるわけです。それよりも何よりも部下が辞めると言ってくると、自分の力のなさを感じてひどく寂しく思うものです。

で、辞めちゃう最大の理由は何だ?と聞いたら、返ってきた答えにびっくりしてあっという間に諦めてしまいました。 「僕は仕事の矢面に立つのが嫌なんです」って言いました。そいつ。 「撮影が近くなると土曜日も日曜日も仕事は休みなのに仕事のことが頭から離れないんです。心の安まる日がないのが嫌なんです」。

「え?俺なんかいまだに大失敗した夢をみて、夜中に飛び起きたりするよ。自分の責任で仕事をしてる奴はそれが当たり前だと思うんだけど」。

「そういうのが嫌なんです。もっと気楽な仕事がしたいんです」。

ということになった。がっかりしたというかなんというか。もうすっかりそいつのことを諦めてしまいました。

ただただ、僕が歯がゆく思うのは「偉くならなくてもいい」と思っている人間が少なからずいる。ということです。世代論ではなく、各世代に確実にいる。そういう人が理解できないですね。

「偉くなりたくない」と言っても「偉い」の定義はいろいろありますが、簡単に言うとそういう人は「責任をもたされたくない」と思っているみたい。会社に縛られたくないし、休みはちゃんと欲しい。自分の人生は楽しみたい。

そういう気持ちはわからなくもないし、そういう気持ちが芽生えることもある。俺にもあった。 冗談じゃねえよ。なんじゃこりゃあ。あほくせえ。疲れたなあ。休みたいな。何で俺だけ??? 嫌なことが起きると色んな気分になる。仕事してれば毎日てんやわんやですよ。

だけど俺たちはプロの選手だ。試合に出してもらえているうちに結果を出さないと代わりはゴマンといる。そのために、起こりえることを想定し、準備しているし、対処する。与えられたポジションの仕事をきっちりこなすことが責任でもある。お金もらってやってるんだもん。「男の子はメジャーを目指す」と野茂英雄が言ったけれども、どうせやるなら最高のレベルの舞台で自分の力を試せる様な人生を送りたい。僕は、雑魚キャラは嫌だ。

偉くなる、偉くならないは社会的なことでもあるし、人が決めることでもあるからどうしようもないこともあるでしょう。本当に大事なことは、使い古された言い方ではあるけれど「自分に勝つ」ということだと思うんです。

なんとなく、失敗するのは嫌だ、傷つきたくない、人前で恥をかきたくない、やって傷つくのならいっそ辞めてしまった方が気が楽だ、なんて考えている。成功するイメージももたないで、成功するように努力もしないで自己愛は強く、根拠のない自信はあるんだけど心は弱い。自分から仕掛けないで、なんでか声がかかるのを待って、人の言ったことを言われたとおりに仕上げることしかできない。

傷つきたくない症候群のやつらは、逃げ回ったり言い訳ばっかりしている。そういう輩は確実に増えている。

自分の中で自分は主役である。それを放棄することはできませんね。だけど不思議と大半の人はいとも簡単に主役の座を明け渡して、脇役でいようとする。で、他人にも自分にも言い訳ばっかりして、人のいないところで自分の中だけで主役を楽しんでいるように見える。それは自慰行為に近い。

主役は、負けても負けても、どんなに自分にとってひどい結果でもそれを自分の血と肉にすることができる人。力一杯やって、負けたら負けたでいいじゃないか。死ぬわけじゃない。次に勝ちゃあいいんだから。そう考えて生きていないとやってられませんね。

それがたった一つ、自分に勝つ方法だと僕は思うのです。

Profile of 櫻木光 (CMプロデューサー)

プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが、矢面に立つのは当たり前と仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。


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