次は何が起こるの? Lubaina Himid (後編)
船の帆のように掲げられたピンクの画布、実はベッドシーツ。描かれているのは砂浜を踊るように散歩する二人の女性。この構図、何処かで見たような?実はこれ、ピカソの「Two Women Running on the Beach (The Race) 1922」をもじった作品。ピカソの作品では胸をはだけた二人の白人女性が描かれていますが、ヒミッドのこの作品「freedom and Change 1984」では意気揚々としたショートヘアのレズビアンカップルのような二人の黒人女性、さらに4匹の意地悪そうな黒い犬、女性たちの蹴散した砂に埋もれる禿げた二人の白人男性などの要素が加わっています。
その隣には見覚えのある舞台美術のような作品。インスタレーション作品はヒミッドを著名にした 「A Fashionable Marriage 1986」ですが、前編で触れたこのコラムの第59回で紹介していますので詳細はそちらをどうぞ。
What happens next?
また壁に質問があらわれます。
壁から飛び出しているのは古いタンスの引き出し。引き出しの内側の板に直接描かれているのは男性の肖像画。今回幾つかの肖像画が展示されていましたが、皆引き出しの中に描かれていました。こっそり誰かのプライベートを覗くような作品は「Man in a Shirt Drawer 2017 – 18」。
六人のテーラーが、真剣に議論中の 「Six Tailors 2019」。三人の女性建築家を描いた「Three Architects 2019 」(写真下)も同時に展示されていて物作りにおいて会話やコラボレーションが重要であることをつたえてくれるようです。また、生後間もなくして父親をマラリアで亡くしたことで英国へと海を渡り、テキスタイルデザイナーの母親に育てられたハミッドにとって働く人たちを描くのは自然なことなのでしょう。
鳥の面を被った女性の背後には光の加減か顔の一部が白い黒人男性? 鳥面の女性になだめられてベンチに腰掛けている男性は、ピンクのコートを着た女性にアフリカの生地の切れ端のようなものを見せられ当惑気味。その女性に背を向けて大海を眺めるように彼方を見つめる男性。舞台の一面を描いたような作品は「Le Rodeur:The Exchange 2016」。作品は「Le Rodeur」シリーズの一つで、Le Rodeurというフランスの奴隷船からとった名。1819年、アフリカからフランスへ向かうこの船内で目の感染病が流行り、水の使用が限られていた船内で瞬く間に広がりました。そして乗組員を含む船内のほぼ全員が失明に陥ったため、囚われていた39名のアフリカの人々を海に投げ捨てたことで知られています。Le Rodeurの事件からまず思い描くのは恐怖、そして怒り。しかし、Le Rodeurシリーズの華やかな絵画からはそういった要素は感じられませんでした。
聞こえてくるのはヒミッドのナレーションにジャズ?のサウンド。最後はこちら、63分のサウンド・インスタレーション「Naming the Money (soundtrack) 2017」。サウンドトラックとあるようにもともと、インスタレーション作品「Naming the Money 2004」のためのサウンドトラックで、2017年バージョン。2004年オリジナルのインスタレーションとサウンドトラックは次の映像をどうぞ。
Naming The Money
100体の等身大パネルはそれぞれ、犬の調教師、ダンサー、陶芸家、ドラマー、ヴィオラ・ダ・ガンバの奏者、おもちゃの製作者、地図製作者、漢方医とすべて17世紀の衣装で描かれています。これらはアフリカ人が通貨の単位と見なされ、黒人の使用人がステータスシンボルであった時代に、裕福なヨーロッパ人の「財産」として購入された人々の姿。個々の背中には元のアフリカの名前と職業、そして新しいヨーロッパの所有者によって課されたものの両方が示されています。サウンドトラックにはヒミッドによるこれらの人々の物語の朗読に加え、キューバ、アイルランド、ユダヤ、アフリカの音楽が使われています。ターナー賞を受賞した2017年、ヒミッドはこの作品をサウンドトラックも含め再構築しています。何故今回テイトでの展示においてこのインスタレーション作品を削除したのでしょうか。気になるところです。
展示は政治的な重いテーマを背景に置きつつも鮮やかでスタイリッシュな近年の絵画、そして絵画やインスタレーション作品に溶け込んだサウンド作品と見所満載。一方で綺麗にまとめられた感があり、ヒミッドの伝えたいことがどこまで見る人に伝わるのだろうかという疑問も湧きました。ターナー賞を受賞した63歳当時の新聞のインタビューで次の20年が勝負といっていただけに、ステータスを手に入れても冒険できるのか。この先も彼女の作品に注目していきたいと思います。