モニュメントって何? Testament @Goldsmiths CCA

Vol.118
アーティスト
Miyuki Kasahara
笠原 みゆき

「Police Book Exchange (2021& 2022)」©Abbas Zahedi

ギャラリーに入ると学生たちが広々とした一階の展示室のコンクリートの床に座り込んで談話中。あれ、展示は何処?と当惑していると「展示は地下から始まって、この階を通り越して2階へと続きます。」と受付で展示地図と解説の冊子を渡されます。今回はゴールドスミス・カレッジのキャンパスの一角にある Goldsmiths CCA (第78回で紹介) より。新型コロナウィルスによるパンデミック、黒人に対する暴力や人種差別撤廃を訴えるブラック・ライブズ・マター運動、環境危機、そして英国EU離脱といった近年の社会問題をテーマに47名の英国 (在住もしくは出身) のアーティストに、今日におけるモニュメント・記念碑の提案を呼びかけた展示。紙面に限りがありますのでほんの一部だけお伝えします。

早速地下へ降りていくとまず目に入るのは、図書館の「今月のおすすめの図書」のような出で立ちで並ぶ可動式本棚。アート、暴力、権力、ゲイカルチャー、そしてナイジェリア人の作家で詩人のベン・オクリの書籍などがずらり。こちらのモニュメントを提案したのはAbbas Zahedi。「Police Book Exchange 」と題して2021年からWhitechapel ギャラリーではじめたプロジェクトで、ギャラリーを訪れる人に現職の警察官に読んで欲しい本を寄贈してもらうというもの。「Exchange・交換」なので警察官からの寄贈も呼びかけたものの、そちら側からの寄贈はさっぱり。そんなわけで、Goldsmiths CCAは今回の展示にあたって最寄りの警察署に直々警察官の参加を促す手紙を送っています。


「Untitled bell (2022)」©Phillip Lai

ズドーンと大きな鐘のドローイング。教会または寺の釣鐘?密封された鐘の中は煮えたぎるように熱い!? 思わず道成寺の鐘の中に逃げた想い人を炎で焼き殺す清姫の物語を思い起こしますが、その閉塞感からはロックダウンによる外出禁止、マスクの強制使用の日々がよみがえってきます。(ちなみに私はまだ交通機関でマスクをしていますが周りの9割はもうしてません!)作品は Phillip Laiの「Untitled bell (2022)」。


「A proposal for a parakeet’s garden (2021)」©Adham Faramawy

「ワカケホンセイインコがロンドンで野生化したのには諸々の説がある」

「1951年の『アフリカの女王』の映画撮影で使われたのが逃げたという説」

「1960年代にジミーヘンドリックスがペアを逃したという説」

「1987年のグレートストームで鳥小屋が破壊されて逃げたという説」

なるほど、なるほど。聞いたことある。
「この島国に落ち着いたその2種はアフリカから」

「もう2種はインド亜大陸から」

そうか、4種のハイブリッドなんだ。
「植民地の貿易ルートで輸入され」

「ビクトリア朝時代に人気を博したペット」
「最初に野生化が確認されたのはイングランド東部のノーフォークで1855年のこと…」

ロンドンの町を飛び交う美しい緑のワカケホンセイインコの映像とともにその移住の歴史と現在が淡々と語られます。作品はAdham Faramawy の「A proposal for a parakeet’s garden (2021)」。冊子の解説のページには「支援をお願いします」と書かれ、7つの難民支援団体のホームページのリンクのみがのせられていました。英国EU離脱により、難民受け入れを否定した英国ですが、ロシアとの戦争が始まった今、ヨーロッパに入る難民の数は日に日に増しており、鎖国は許されない現状にあるでしょう。


「Pathway(2007〜)」©Roger Hiorns

こちらはRoger Hiornsの「Pathway(2007〜)」。1986年に英国で発見された狂牛病(BSE:牛海綿状脳症)は当初、ヒトへの感染性は否定されていたものの、やがてBSEとの関連性が指摘される変異型クロイツフェルト・ヤコブ病 (vCJD) 患者が1996年に同国で報告されます。90年代からこの問題をテーマに彫刻作品を制作していたHiornsは2007年の展示をきっかけに犠牲者の遺族と出会い、以来、遺族と共に国と戦う作品を作り続けています。今回、Hiornsはその犠牲者177名の記念碑を国会議事堂の壁に作ること提唱しています。一方、英国の新型コロナウィルスによる死者は現在16万6千人。また、ワクチンが出回る以前に感染した人々の中には2年以上たった今でも「ロング・コービット」と呼ばれる後遺症を抱える人も多く治療の手立てもないまま大きな社会問題となっています。政府のずさんな対応がなければここまで酷い結果になることはなかったわけで、30年以上前のBSE問題と新型コロナウィルス問題が重なります。


「A Monument to the Unstuffy and anti-Bureaucratic (2019)」©Monster Chetwynd
(混乱しますが、彼女の以前の名前はMarvin Gaye Chetwyndで、第70回で紹介)

でたーモンスター!次の部屋に踏み入れると、部屋いっぱいを占めていたのは怪物の頭。作品は「A Monument to the Unstuffy and anti-Bureaucratic (2019)」。製作者のMonster Chetwyndは、タルコフスキーのイコン画家を描いた映画『アンドレイ・ルブリョフ(1966)』の中の最終エピソードをあげ、アートとコミュニティーの力を表現するモニュメントを提案しています。そのエピソードというのは、鋳物師の息子ボリースカが大公に教会の鐘の制作を命じられます。ボリースカは歓喜する市民からのとてつもない社会的プレッシャーの中で鐘を造り上げ、力尽き、この様子を目撃したルブリョフが、絵師として一度折った絵筆をもう一度持ち直すにいたる過程を描いたもの。確かにこの作品「村人達が作ったこの鬼の頭は鬼退治祭りの祭壇で毎年使われています」っていわれたら信じちゃいそう。


「Our future is greater than our past (2022)」©Aaron Ratajczyk

「Our future is greater than our past (2022)」©Aaron Ratajczyk

人気のないロンドンの町。まるでロックダウン中のよう。地下鉄の駅はバッキンガム宮殿最寄りのセントジェームズパーク。交差点の真ん中にはブラックホールならぬブラックスクエアーが現れ、異次元につながっていきます。ロンドン中心地の実在のモニュメントを撮影して、3D反転させ、都市の洞窟のような架空の地下空間を作り出した Aaron Ratajczykの映像作品「Our future is greater than our past (2022)」。作品のタイトルは冒頭で触れたベン・オクリの詩「Turn on your light (1999)」の最後の一行で Ratajczykの撮影した記念碑の一つに彫られていたものだったのだとか。暗いニュースの続く中、未来は過去より素晴らしくあって欲しいですよね。

プロフィール
アーティスト
笠原 みゆき
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。 Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。 ウェブサイト:http://www.miyukikasahara.com/

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