人生というのは、失うものを増やしていくゲームなんだ

Vol.184
CMプロデューサー
Hikaru Sakuragi
櫻木 光

CMプロデューサーになりたての頃

ありがたいことに、最初からかなりの量の仕事をさせていただきました。

始まりは30歳だった。

本当に恵まれた環境にあったと思うんです。

それが有難いことだとわかっていなかったんです。

 

今と違って、働き方改革なんてまるでない

全然家に帰れないし、風呂にも入れない、眠れもしない。酒は飲む。

そんな毎日でした。会社ではずいぶんはっきりと不平不満を口に出して

言いました。ストレスマックスでした。当時の上司は大変だったと思います。

 

仕事があって当たり前。俺は売れている。賞も取る。お前らは売れてない。

ふざけるな。給料にそれだけの差があると思えない。

難しい監督、難しいクリエイティブとばかり仕事してる。

ひでえ目にあうけど、簡単な仕事は面白くならない。

面白い仕事をやらなきゃいかん。悔しいならお前らもやれよ。

 

失敗した部下を怒鳴り散らす。仕事の少ない先輩を馬鹿にする。

筋の通らない話には乗らない。お客さんにもいい顔しながら平気で正論を言う。

 

他で事故が起きそうな失敗した案件があると救出にも出向く。

めちゃくちゃ文句を言われて、他人の失敗は平気で謝って、立て直して去る。

なんでどうしていつも俺ばっかりこうなるんだ??

 

今思うと懐かしくて愛おしい日々。

 

45歳をすぎた頃に、そう言う騒乱みたいな日々じゃ無くなってくるのが

わかります。なんか仕事減ってねえか?と。

 

仕事を発注してくれる人は、大体皆さん10歳くらい年上です。

その人たちが働き盛りの40の時に、なりたての30歳だったからです。

 

そう言う人たちが管理職になったり、現場を離れたり、転職したり、辞めたりし始める。

悲しい時は、亡くなる人も出始める。

え?と思う事があります。

 

自分より年下の発注者がわざわざ僕みたいなめんどくさいプロデューサーに

喜んで発注なんかしないのです。

本当は努力して、各世代に販路の拡大をすればいいだけなんですが。

他の会社でも同じ会社でも、下からイキのいい若いプロデューサーがどんどん出てくる。

そう言う事がよくわかっていなかったんだと思います。

 

そのうち時代が変わり、インターネットの普及や情報の導線の潮目すら変わり

テレビ自体の価値もどんどん薄れていくようになっていきます。

作り方も変わり、それに対応した若い技術者もどんどん出てくる。

ブラックジャックが外科手術の天才でも、内視鏡の出現で、それらを扱う若い勢力に

隅に追いやられてしまうようなもんですね。

そんなに切っちゃダメですよ。穴3つですみますよ。この人もう古いから。的な。

 

どの仕事でも必ずそうだと思います。歴史は繰り返されている。

今の若くて売れている、思い上がりかけた人たちは本当に気をつけた方がいい。

必ず自分が誰かに取って代わられる日が来るからです。

ザマアミロってくらいあっという間に来る。

 

俺にはそんなの関係ないと言う態度で強がって見せたけど不安は的中しました。

色々抗ってみたんだけど、けっこう長く生きながらえている方だとは思いますが、

確実に仕事は減ります。ふと気づくと同年代はほとんどいなくなっていました。

そうなってからは切ないくらい中途半端な時間だけが残るんです。

 

毎日、疲れた疲れたと愚痴を言い、「やることある地獄」から早く抜け出したいと

思っていたのに、それが減り始めると、置いて行かれた、居場所もない

「やる事ない地獄」の方が辛い地獄だったと気付きます。

 

加えて、こうなることは予測できたんだけど、現役でどこまでいけるのか?

的なことにこだわりすぎてないで、

早く監督やコーチの勉強をすればよかったのかもとも思います。

独立して成功している先輩を見ると思う。すげえなあ。

経営者セミナーとかに行かされてる時に真面目にやればよかったな。

行かされてると思ってた時点でアウトですが。

 

会社という枠の中でただひたすら思い上がっていたので、会社の体制や上司を批判したり

喧嘩したり、本当のことを言ったりしたので、管理職の重要なポストなんかに

つけるわけがない。ただ危険人物扱いをされるのがオチだったのです。

会社を移籍してからはそう言う事がないように黙っていましたけどね。時すでに遅し。

 

一生ずっと続けられるような仕事はありません。

いろんなものを得ていろんなものを失いました。

 

会社組織に限らず、集団からすると本当のことを言う奴は敵か悪なんだ

と言う事が、恥ずかしながら50を過ぎてわかりました。

人がいっぱいいると仕方なくそうなっている事が多いからです。

僕にとっては本当でも他の人には嘘になることは沢山ある。

ヘタレじゃなくても言いたいことを我慢している人が沢山いるんだよな会社には。

 

こんな話、暗いよな。

 

そこで、表題の言葉です。

「人生とは、失うものを増やしていくゲームなんだ」と

NHKの番組に出ていた矢沢永吉が若者に言いました。

 

そうだよなあー。

人生について聞いた格言で一番しっくり来たかもしれない。

 

何かを手に入れるために、がむしゃらに頑張って、やっとそれを手にした

欲しかったものとは少し違うけど仕方ない。有難い。

人生のいい時期があって、ボロボロと失いながらそれが増えていく時期があって、

そしていずれ減り、引退する時期が来て、死ぬ時には買った物さえ全てなくなる。

登った山は降りなきゃ遭難。でもあります。

 

自分が馬鹿すぎて、馬鹿を毛嫌いする人たちが沢山いた反面

馬鹿を面白がる人たちに可愛がってもらったのも事実。

そう言う人たちから得たものは一つ一つ尊い。

 

一つわかっていることは、遠い九州からわざわざ出てきて東京でなんとか面白く生きようと

思っていた若い時に、どうせなら本宮ひろ志の漫画の主人公みたいに素で生きたい。

と思っていた事。その方が偉くならなくてもカッコいいじゃん。と。

ヘコヘコしながら恵んでもらったおこぼれなんかいらない。

 

本当のことを言う奴が敵か悪だとするならば

世の中のバランスは、偽善と露悪は51対49くらいで拮抗していなきゃだめだ。

偽善が、俺たち、正義だけど都合の部分が多いからな。露悪のやつの言うことも

もっともなんだよね。だけどそれを認めちゃいけないのよ。と言う緊張感のある

バランスの中で物事が進まないと、また変なことになると思うのです。社会は。

当然、僕は露悪。ダースベイダーにも言い分があるんですよ。

 

今の世の中は、なんだかそれすらわかってないような、綺麗事で身を固めて

それが正しいと思い込んでいるような世の中でもあるから、実際変なことになっている。

這いつくばったことのない、殴りあったこともない傍観者みたいな奴らの論理。

「責任は私にあります」という偽善者がなんの責任も取らないのが現実。

頭だけが取り替えが効くアンパンマンみたいなシステムでいつも何も変わらない。

 

世界からゴキブリがいなくなることは絶対ないし、人間のドス黒い欲は否定できないのです。

誰かの願いが叶う時誰かが泣いてる。それでいいじゃないか。

実際に起きていることを知ろうとしなければいけないし、目を背けてはいけないのです。

 

矢沢永吉の話はこう続きます。

「俺には失うものなんかねえ」って言う人もいるけど、それじゃダメなんだ。

失うものが増えていった方が頑張った証なんだから。

 

そう考えると改めてやる気になれるし、喪失感に執着するどこかの作家の主人公みたいに

ウジウジして生きることもない。

得たものを失うんじゃないかと心配で眠れなくなることもない。

得たものは、無くした時に初めて頑張った証に昇華するのかもしれない。

 

だからもう少し頑張ってみよう。子供が小さいから。

ここへ来てまだ逃げ出せなくなったのです。

どうせ失うなら気合い入れてやるか。一瞬ビカッと光らせてやろう。

出会いと別れを繰り返してるわけよ。と

人生とは、失うものを増やしていくゲームなんだ。

 

色々言うけどちゃんとしてんだよな。櫻木。と言うのが最近の評判であってほしい。

お仕事の発注お待ちしております。

プロフィール
CMプロデューサー
櫻木 光
プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが、矢面に立つのは当たり前と仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。

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