ウェットランドに春が来た!@Walthamstow Wetlands

Vol.119
アーティスト
Miyuki Kasahara
笠原 みゆき

「北ロンドンのウェットランドで展示をしてるから見にきて。」友人からこんなメールが。ラムサール条約では、「ウェットランド(湿地)とは、天然のものであるか人工のものであるか、永続的なものであるか一時的なものであるかを問わず、更には水が滞っているか流れているか、淡水であるか汽水であるか鹹水(海水)であるかを問わず、沼沢地、湿原、泥炭地又は水域をいい、低潮時における水深が6メートルを超えない海域を含む。」と定義しています。ラムサール条約の正式名は「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」で、この条約が作成された地であるイランの都市ラムサールにちなむ通称(1971年制定)。


ウォルサムストウ・ウェットランズ

そんなわけで、そのウェットランドを早速訪れてみることに。ウォルサムストウ・ウェットランズはウィリアム・モリスの育ったウォルサム・フォレスト区にあります。地下鉄駅のブラックフォースロードを降りて東へ5分ほど歩くとやがて両脇に満々と水をたたえた池が見えてきます。211ヘクタールという東京ドーム45個分ほどの広さを誇る貯水池からなるウェットランドは、現在350万人の生活を支え、また水鳥を始め貴重な野生動物の住処として、自然保護区に指定されています。


エンジンハウス

エンジンハウスの中の展示会場

1863〜1904年の間に急激なロンドンの人口増加を支えるため、10個の貯水池がつくられました。展示会場はその水を汲み上げるため、1894年に建てられて以来1980年代まで使われていたエンジンハウス。一階はレストランとショップになっていて、二階に展示室がありました。


Ghost of bumblebee, 2022 ©Anna Alcock

今回の展示は地元ウォルサムストウの作家、Anna Alcockの個展「Spring Awakening 」(春のめざめ)。主に2020年の英国ロックダウン期間中に、自然を観察したスケッチを元にした版画作品が中心。

最初に目に入るのはマルハナバチの版画を水彩色し、金箔を貼った作品のシリーズ。マルハナバチは体の割に羽が小さく、愛らしい姿から英国で親しまれているハチ。ブィーンとかなり大き目の羽音もその特徴です。マルハナバチは実はハチの中でも一番の働き者で、その女王バチは春一番に現れ、一番最後に冬眠に入ります。種にもよりますが、早いものは2月に現れるため、まだまだ寒いこの時期にこのハチを見かけると、春が来ていると感じられるものです。


Honeysuckle, 2022 ©Anna Alcock

こちらはハニーサックル。北半球におよそ180種が分布するそうですが、和名はスイカズラなど。ロックダウン中、近くの森に散歩していた時、ラッパ状の小さな花から漂う独特の甘い香りに惹かれ、集まるミツバチや蝶の姿に目を見張ったのを思い出します。夕方から夜にかけその香りは強くなり、英国で数の減っているイチモンジチョウを始め、蛾、先述のマルハナバチなどのポリネーターを魅了します。


Yellow Iris, 2022 ©Anna Alcock

湿地に咲く野花といえば、ノハナショウブ。日本でハナショウブやアヤメは紫というイメージが強いですが、ヨーロッパでは黄色。こちらのキショウブのデザインは特にフランス王家との関係を示唆するフルール・ド・リスのシンボルとして紋章などに使われています。


Kingfisher, 2022 ©Anna Alcock

そして水辺に住む鳥といえばカワセミは外せません。とても素早い鳥ですがあの際立つ鮮やかな青色は一度見たら忘れられません。この日も入口の看板の、ここ数日に目撃された鳥のリストの一番上にその名がありました。

鈴なりになる鵜とその巣

ちなみにこちらはウェットランド内の孤島。鈴なりになっているのは鵜とその巣。こんなにたくさんの鵜の巣を見たのは初めてで、数えて見ればなんと30個も! 実は周りの水辺は訓練用の釣り場となっていて魚が放してあるんです。水鳥たちは賢いですね。


Wetland tale nature ©Anna Alcock

こちらはウェットランドの自然を描いた作品。トンボやコウモリ、狐、カンムリカイツブリ、鵜、アオサギ、アマツバメなど、そして遠方に金融街のカナリー・ワーフが見えます。


Wetland tale Industry ©Anna Alcock

敷地内にはまた、銅製造工場跡も。その水力を利用した工業利用の歴史は1066年までさかのぼり、銅製造以前はコーン、紙(1690年〜)、オイル(1743年〜)、火薬(1647年)など、様々なものが製造されていました。


Wetland tale Industry ©Anna Alcock

こちらはそんな工場の歴史を描いた作品。


ハイイロガンの親子

野鳥の繁殖期に入ったため、主なウォーキングルートは鳥たちを刺激しないように、閉鎖されていましたが、こんな光景に出くわすとついほっこりしてしまいました。

プロフィール
アーティスト
笠原 みゆき
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。 Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。
ウェブサイト:http://www.miyukikasahara.com/

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