こんな見方もあり?! Cornelia Parker (前編)
雨のように降り注ぐピアノ線。そこから吊るされているのは、まるで車にひかれたカエルのように平たくなった食器や楽器、道具などの銀製品。本来の高価でどっしりとした趣は消え、池の上を漂う藻のようにひらひらと心もとなく、床からわずかに宙に浮いています。
さて今回と次回にかけて、テート・ブリテンより、英国美術家、Cornelia Parkerの回顧展をお伝えしたいと思います。
集められた銀製品は1000点にも。それらは、蚤の市、高価なオークション出店品、友人の結婚祝いの寄贈品に至ります。価値は様々ですが、パーカーの扱いは一律で、全てぺちゃんこに。使用したのは道路などを踏み固めるロードローラーで、パーカーが使ったのはなんと蒸気機関で動くスチームローラー。さすがイギリスです、80年代後半にまだ残っていたのですね!当時の製作写真をみると、道に綺麗に並べられた銀製品の背後に控えるスチームローラーからシュポシュポと煙が上がっているようすが写っています。作品は「Thirty pieces of silver, 1988 – 9」。タイトルは新約聖書からで、「銀貨30枚」はイエス・キリストを裏切った代価としてユダが受け取ったとされるもの。
白い綿の布にこすりつけられるように描かれているのはミニマムなチャコールドローイング? その微妙な色やパターンの違いは何かの科学的な標本のようにも見えます。実のところ、パーカーは、収集した銀製品をスチームローラーで潰す前に一つ一つ丁寧に布で磨いていました。拭き取った汚れを見て、「これってドローイングみたい!」とひらめきます。そこで、歴史的人物によって使われていたものを拭き取って集めてみたらどうだろうというアイディアが生まれました。タイトルを見ると、右上端は「Stolen Thunder Tarnish from Charles Dickens’ Teaspoon, 1998」とあり、『オリバー・ツイスト』や『クリスマス・キャロル』で知られる、英作家チャールズ・ディケンズ所有のティースプーンを拭いた汚れ。左下端は「Stolen Thunder Tarnish from Charles Darwin’s Sextant, 1998」で、こちらは、チャールズ・ダーウィン所有の六分儀を拭いた汚れ。六分儀とは天測航法のために天体と地平線との間の角度を測定する道具。それってもしかしてダーウィンがビーグル号に乗ってガラパゴス諸島を訪れる際に使ったのでは!?と考えると何だかワクワク、サビや汚れも貴重なありがたい物のように感じられます。「steal (someone’s) thunder 」とは、人のお株を奪う、出し抜いて人の栄光を横取りするといったような意味。Tarnishは、金属などの変色や汚れを指しますが、パーカーは「tarnished reputations 」(汚れた名声)と意味をかけています。ちなみにこちらの10点の(汚れのもとの)銀製品はプレスにかけていないようです。
小さく切り刻まれた上のオブジェは一体何でしょう?金属の部分と木製の部分があって?答えは散弾銃。英国では銃犯罪を犯したものが刑として使用した銃を自分自身で切断することが求められます。そんなわけで、パーカーが犯罪で使われた銃を作品に使いたいと警察に申し出たところ、パーカーの手の元に届いたのは、罪人と警官によってバラバラにされた銃で、既に作品として出来上がってしまっていたそう。今度は、下の酸化鉄系ピグメントのような
褐色の粉は一体?こちらもまた拳銃で、警察が差し押さえたもの。犯罪に使われたピストルも粉になってしまえば、全く暴力的意味のない絵の具、顔料のようなもの。作品はそれぞれ、「Sawn Up Sawn Off shotgun、 2015 (写真上)」 「Precipitated Gun、 2015 (写真下)」。
地図のような立体?実は石畳の隙間を型取り、銅に鋳造したもの。パーカーは、近所の墓地の石畳の描くマスを使って「ホップスコッチ(hopscotch)」(日本へは「けんけんぱ」として明治以降に伝わった子供の遊び)という石蹴りゲームを楽しむ娘を見つめながら、何で子供の頃はあんな石畳の隙間に執着してたのだろうと考えました。そこで、パーカーは、そのマスの型取りをしてみることに。このロンドンの小さな墓地、バンヒル・フィールズには、後世の作家たちに影響を与え続けているロマン主義の詩人で画家、版画家のウィリアム・ブレイク、『ロビンソン・クルーソー』(1719)の作者として知られる作家のダニエル・デフォーなどが眠っています。彼らが埋葬されて以来、どんな人たちがこの墓地を訪れ、この隙間に土を運びいれていったのでしょうか。作品は「Black Path (Bunhill Fields), 2013」。
稲妻のような鋭い光。周りには木切れやガーデニングや日曜大工道具、ドア、自転車の車輪、窓枠のようなものが飛び散り、宙で静止しています。爆撃であれば一瞬でしか体験できないはずのその光や陰もまた、静止したまま。広島平和記念資料館に収められている人影の石も思い出されます。パーカーはこの作品制作にあたり、英陸軍の協力を得て、庭の物置小屋(Garden Shed)をふきとばします。用いたのはたった250gで飛行機を爆破できるほどの高性能なプラスチック爆薬、セムテックスで、パーカーが使用した小屋は、英国なら大抵は家の片隅にある典型的な物置小屋。爆破後、その残骸を一つ一つ拾い集め、天井から吊るして、中央から光を当てたのがこの作品「Cold Dark Matter: An Exploded View, 1991」。Cold Dark Matter=コールドダークマター(CDM)とは宇宙に多く存在すると考えられている、光を発しない、電磁相互作用もしない、冷たい暗黒物質のこと。それらは光を発しない上、温度も低く重たいため粒子の速度も遅いので、私たちが実際に目に見ることはできません。平和な国にいれば普段実際に目にすることはないけど、爆撃や戦争は常に世界のどこかで常に起こっている、ということを私たちに再認識させるかのようです。
それでは、ものの見方を巧みに変えさせるパーカーの作品、いかかでしたか。次回も続きをお楽しみに!
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