こんな見方もあり?! Cornelia Parker (後編)
ぐるりと円状に吊り下げられた金管楽器は60台。壁にはその影も映り込み、壮大なブラスバンドのよう。でもなんか変?ぶら下がっている楽器はすべて空気が抜かれた風船ようにペチャンコなんです。タイトルのPerpetual canonとは旋律と歌詞を少しずつずらして繰り返し歌う輪唱のこと。よく知られているものではカエルの合唱(ドイツ民謡)や森のくまさん(アメリカ民謡)など。トランペットなどの管楽器といえば、絶え間なく口から空気を吐き出す循環呼吸法(息継ぎの無音時間をなくす演奏技法)を用いて演奏する楽器です。使い込まれた管楽器には何千回と演奏者たちの息が絶え間なく循環してきたはず。そんな楽器の中に残っているかもしれない最後の息を絞り出してブラスバンドの演奏をミュートに、息の止まった瞬間を描いた作品は「Perpetual canon, 2004」。
何の模様にみえるかな?ロールシャッハテストはインクのしみで作られた模様に対する反応から、被験者の性格や精神状態を明らかにするテストで、1921年にスイスの精神科医ヘルマン・ロールシャッハにより提唱されたもの。パーカーはテキサスでのアーチストインレジデンス中、まず、近くのガラガラヘビを飼育する農場からその猛毒液を譲り受け、黒いインクに混ぜます。そして次に近くの医者から解毒剤を譲り受け白いインクに混ぜ、ロールシャッハテストのような模様を作りました。作品はシリーズで「Poison and antidote drawings, 2010 – 2013」。
小さなビニールハウスの照明はエネルギー不足なのか暗くなったり明るくなったりと何だか不安定。ビクトリア朝のタイルが敷き詰められている温室の内側には何の植物も育てられていません。壁全面には手書きでの何千もの小さなブラシストロークが石灰水で描かれ、雨が降れば、いまにもすぐ流れて消えてしまいそうです。床のタイルは実は英国の国会議事堂のタイル、ブラシストロークには、フランスとの境界にあるドーバー海峡の崖の石灰岩から取った石灰を使っています。石灰岩はまた、英国の海岸線の崖を覆っている岩でもあります。作品は「Island, 2022」。Islandとは島国である英国を指し、EU離脱による孤立する英国、地球温暖化によってやがて消えていくその海岸線を表現しているそう。
空を映したモノクロ写真の連作。広がりゆく雲の向こうの空には反対側の展示作品や会場にいる人々が写り込みシュールな世界を作り出しています。何の変哲もない美しい空の写真ですが…。パーカーが使ったカメラはアウシュヴィッツ強制収容所の所長のルドルフ・フェルディナント・ヘスの所有物だったRolleicord I。カール・ツァイスレンズを搭載したアマチュアカメラマン向けに作られたカメラで、帝国戦争博物館から借用したもの。国家機密をしてユダヤ人絶滅計画をヒムラーに聞かされ「何か異常な物」を感じながらも上司の命令に従ったヘス。彼はこのカメラで一体何を映したのでしょうか。カメラの中には赤外線フィルムが収まっていたとパーカーはいっています。作品は「Avoided Object, 1999」。
イースター(死んだイエス・キリストが復活したことを記念する祭)の直前、パーカーはこの時期、世界各国からキリスト教巡礼者たちで溢れる、パレスチナのベツレハムを訪れます。ベツレハムは新約聖書ではイエス・キリストの生誕地とされている土地で、イスラエルが建設した壁によって隔てられているエルサレムとの距離はわずか10kmほど。彼女はここで、観光客相手にいばらの冠を作って売っている親子をインタビューします。
「どのくらい、この仕事をしているの。」
「そうだなあ、40年以上だよ。」
「素手で棘が刺さっていたくないの。」
「手の皮が硬くなってるから、全然大丈夫さ。」
「こんなに山積みになっていて、落ちてきたりして危なくないの。」
「落ちてきたらまた上に投げればいい。」
「何を考えながらつくっているの。」
「生き抜くこと。」
「パレスチナに平和がやってくること。」
「人々が自由に行き来できるようになること。」
「そんなことを祈っている。」
キリストが十字架にかけられた際に被されたとされ、受難の象徴とされる、いばらの冠。窓のない穴蔵のような場所で黙々といばらの冠をつくる親子の姿が、やがて、まるで祈りを捧げる修行僧のようにみえてきます。映像作品は「Made in Bethlehem, 2012 – 2013」。
色々考えさせられるパーカーの作品。二部にわけて紹介したのはほんの一部の作品でしたが、紙面が限られていますのでそれでは、この辺で。
ウェブサイト:http://www.miyukikasahara.com/