織り出されるのは森の精霊? Magdalena Abakanowicz:前編
剥がされたばかりの獣の皮のように壁に掛けられている織物。大きな翼のようにも見え、女性がその細部を凝視しています。これは一体何で織られているの?
獣臭の漂ってきそうな織物を構成するのは、サイザルアサ、ロープ、麻(ヘンプ)そして馬の毛!
テート・モダン新館「スイッチ・ハウス」より、テキスタイルを彫刻の媒体として高めた、ファイバーアートのパイオニア、マグダレーナ・アバカノヴィッチ(Magdalena Abakanowicz 1930 – 2017)の回顧展 「Every Tangle of Thread and Rope」を今回と次回に分けてお伝えします。
壁一面に映し出されたアバカノヴィッチのアトリエの風景。その前には肢体をモチーフにした彫刻や試作が展示されています。中央のケースに入った手の彫刻、気になります。
しっかり握りしめたままストンと切り落とされたような手。サイザルアサで編まれた手は怒りで腫れたようにもみえます。第二次大戦中の1943年、ワルシャワ郊外に隠れていたアバカノヴィッチの一家はナチスドイツの兵士に襲われます。そこで12歳の彼女は目の前で母親の腕が銃撃で切り落とされるのを目撃します。作品は「Hand」1975。1973年以降アバカノヴィッチは肢体の一部をモチーフにした作品を作っています。
13世紀まで遡る貴族の家に生まれたアバカノヴィッチですが、共産主義国となったポーランドにおいて芸術を学び、自由な表現活動をするにあたってそれは妨げにしかならなかったようです。1950年には身分を偽り会社員の娘としてワルシャワ美術アカデミーに入学します。卒業後、ワルシャワの文化庁のギャラリーで行われる予定だった最初の個展は国の検閲を受け、社会主義国にふさわしくないとの理由で開展直前に閉館させられます。しかし、その後1962年スイス、ローザンヌの国際タペストリー・ ビエンナーレに出展し国際的な注目を浴びると、1965年サンパウロビエンナーレへの招待を受け、グランプリのゴールドメダル賞を受賞。ところがここでも政府の許可が降りず受賞式には参加できませんでした。作品はサンパウロに出展した数メートル幅の織物作品シリーズの一つ、Helena, 1964 – 5。
樹木の幹のコブが肥大化したような立体作品はサイザルアサと羊毛を織った「Abakan étroit 」1967 – 8。「私が織る布は固く、レリーフ状の表面は樹の幹や毛皮のようなもの」と語るアバカノヴィッチ。この頃からAbakanシリーズとして、織物による立体やインスタレーション作品を作り始めます。
もし大トトロより大きな森の精霊に出会ったら!まるで象に対面したような迫力! 胴体から出るロープが繋がれている鎖のようにも、抉り出された臓物のようにも見えます。作品は「Abakan – Situation Variable II 」1971。
それでは続きは次回の後編で。
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